インターハイを終え、冬に向けての練習が始まる。季節が秋に変わった九月。
最後の文化祭だとクラスメイト達ははりきって準備に取り組んだ。今年は何をするかという話し合いでは、毎年お決まりの出し物がずらりと出揃った。その中で多数決をし、最終的には無難なところで収まる。ということもあれば、おもしろそうだからと意外なものが票を集めることもある。
どうしてこうなったんだ、という疑問はなしだ。これも全部多数決で決まった結果なのだから。
「……お前等、その恰好は何なんだよ」
突っ込みが入るのは想定内。むしろ入らない方がおかしい。これまで無難なところが選ばれてきたけれど、最後の最後でこれだ。まぁでも、オレ個人としては面白いからこれも有りだと思う。
「見ての通りっすよ。可愛いっしょ?」
「ねーわ。どこの世界にそんなごついメイドを可愛いなんて言う奴がいるんだよ」
「宮地サンが言ってくれれば良いじゃないっすか」
「だからねーよ」
秀徳高校文化祭。在校生は勿論、他校生や卒業生。近所に住んでいる人達も遊びに来られる文化祭だ。そこに一昨年の卒業生である宮地さん達が遊びに来てくれた。そして会って最初の台詞が冒頭のそれである。
何だと言われてもこれがウチのクラスの衣装ですとしか答えようがない。というか、それ以外の理由でこんな恰好をしていたらそれはそれでどうなんだ。どんな格好をしているのかは先輩が言ってくれたから説明不要だろう。
「あ、スカートの中とか気になります?」
「なるわけねーだろうが! 轢くぞ!」
そこまで怒らなくても良いと思うのだが、これで気になると言われても困るか。そこはあえて気になると言ってくれても良かったけれどな。悪乗りをしてくれる友人とは既にそんなやり取りをしている。その度に隣の緑間に呆れられたが、文化祭ならではのノリだ。
一応補足しておくと、服がメイドだからといって下着まで女物ではない。普通に男物だ。女物にしたところで誰も得はしない。それを言うと、この格好も誰が得するんだという話だがそれはおもしろいからで説明がつく。
「ところで、お前達は客引きでもやっているのか?」
「そうでなければこんな恰好で出歩きません」
「それはそうだな」
騒ぐオレ達を余所に緑間は校舎内を歩いていた理由を説明した。手に持っている看板を見ても分かるように、オレ達は客引きをする為にこの格好で校舎をぐるりと一周しているところだ。そこで文化祭に遊びに来た先輩達に鉢合わせたところである。
ウチのクラスの出し物は執事&メイド喫茶。ただし、女子が執事で男子がメイドである。そこは普通に逆で良かったんじゃないかと思うところだが、逆の方が面白いんじゃないかと一人が言い出したのをきっかけにそのまま決まってしまった。それで身長的に目立つオレ達は客引きをするようにと教室を追い出された。
「けど、よくお前が着れるようなメイド服なんてあったな」
「なんか女子が色々探してきてくれたんすよ。でも実物見た時はマジであんのかよって笑ったよな」
「お前が笑っていたのはつい数時間前もだろう」
「だって、真ちゃんがメイドさんとか……」
「高尾ォ!」
また笑い出したオレを緑間が怒鳴る。でもしょうがないじゃないか。百九十五もある男のメイド姿だ。顔は整っている美人系だからいけるけど、スポーツをやっている男子高校生にメイド服はやっぱりごつい。いやでも美人ではある。うん、顔だけ見れば。
とはいっても、オレも人のことは言えない。少しでも可愛いメイドさんに見えるようにヘアピンを付けてみたけれど体型はどうしようもない。あ、可愛いってクラスメイトの女子には言って貰ったぜ。
「つーか、お前等こんなところでサボってていいのかよ」
「大丈夫でっす! 先輩達がこのままウチのクラスに来てくれればちゃんとした客引きになるんで」
「ちゃっかりしてるな」
それが仕事ですからと言えば、それならメイドらしいことでも言ってみろよなんて返ってきた。メイドらしいことか。そりゃ、こんなことをやっていて何もない訳ではない。やるからにはちゃんとやる。
「ご主人様、一緒にお家に帰りましょう?」
「……やっぱねーわ。高尾だしな」
「ちょっと、人にやらせておいてそれはないでしょ! 真ちゃんなら良いんすか!?」
どうしてそうなると緑間が疲れたように溜め息を吐く。
けれど、面白そうなことが目の前にあって先輩がそれにノらないこともなく。緑間も客引きするのならそれくらいやってみろよなんて言い出す。どうしてオレがと断ろうとするも、それが仕事だろと先輩に言われるのに便乗して仕事なんだしと言えばオレだけ怒られる。オレが余計なことを言うからって、これがオレ達の仕事であることは事実だぜ。
やるからにはきちんと人事を尽くすべきだろう。緑間がよく口にする“人事”という言葉を持ち出せば、緑間は少し考えるようにしながらも分かりましたと頷いた。
「ご主人様、お食事の用意が出来ました」
「なんで食事なんだ?」
「これから食べて頂くからです」
「……お前もちゃっかりしてるな」
まずお前等はメイドといえばご主人様なのかと聞かれたが、メイドといえばご主人様じゃないのか。だからって何でもかんでもご主人様と付ければ良いものでもないだろうとのこと。そういうものなのか。けど、ご主人様と付けずに話したらただの敬語というか丁寧語というか。何か違うものになる気がする。
そう言いつつも先輩達だってオレ達にメイドのクオリティなんて求めてはいないだろう。それより早くお店に行きましょうよご主人様、なんて口にすると「分かったからその喋り方は止めろ」と却下された。ちゃんとメイドらしくしたつもりだったが、結局はオレだから駄目らしい。こんなに可愛くしてるのにと漏らせば可愛くないと言われた。お世辞でも可愛いくらい言ってくれたって良いのに。
「じゃあこのままウチのクラス行きます? せっかくなんでサービスしますよ」
「余計なサービスじゃねぇだろうな」
「えー先輩期待してるんですか? それなら高尾ちゃん頑張っちゃいますけど」
そんな訳ないだろうと叩かれる。緑間にもいえることだけどさ、オレはそんなに丈夫じゃないんだけどな。加減はしてくれてるんだろうけど痛いものは痛い。先輩や緑間に言わせればオレが悪いと口を揃えるんだろうが、このくらいのノリの良さは世の中必要だと思うんだ。度が過ぎているってそんなことはない。
「ほら、さっさとしろ。このまま帰るぞ」
「宮地サン、それは理不尽じゃないっすか?」
「どこがだよ。そうだ木村、あとでパイナップル貸して」
「何するつもりっすか!?」
オレ達が先輩と一緒に過ごしていた高校時代から二年。本当、何も変わらない。いつまでもこんな風に先輩達とふざけて笑いながら過ごせたら良い。オレ達が卒業してからもそうやって付き合っていけたら楽しそうだ。
そこには当然緑間もいて。他の先輩や後輩、チームメイトともこれっきりではなく何年後かの未来に飲み会とかで集まれたら良いなとか。そんなことをふと思った。
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