十一月。ウィンターカップ予選。夏の各ブロック予選の決勝進出校までしか出場することが出来ないこの予選大会。今年の東京予選はキセキの世代が全員別々のブロックを勝ち上がったから、当然冬もその二校とぶつかることになった。勿論、三大王者と呼ばれる学校もウチを含めて三校揃っている。それはもう実力校揃いのウィンターカップ東京予選だった。
けれど本戦に進めるのは上位二校。八校の内からまず四校が選ばれ、そこから総当たり戦だ。オレ達秀徳と青峰のいる桐皇、黒子と火神の誠凛。それからもう一校は北の王者正邦。強者ばかりの予選をなんとか勝ち抜いてウィンターカップ本戦出場への切符をオレ達は手に入れた。
「えっと……急にどうしたの?」
緑間の自宅前。いつも通りにジャンケンをしようとしたところで、今日はなぜか後ろに乗れと緑間に言われたのがつい先程の出来事。
ジャンケンはまだしていない。したとしてもオレが負けるだろう。今日の蟹座は三位でなかなかの順位だ。勝てる訳もない。自分の星座は気にしてないから見ないけれど、蟹座が何位だろうと勝ったことはないのだからぶっちゃけ占いは関係ないだろう。
「良いからさっさと乗れ。遅刻するのだよ」
「いやいや、乗れじゃなくてジャンケンだろそこは! なんで今日はいきなりオレがリアカーに乗ることになってんだよ!」
どういう風の吹きまわしだ。おは朝で自転車に乗った方が良いとかリアカーを漕いだ方が良いなんて結果は出ていなかったよな?それ以外に何があるんだ。前に一度、オレの頭痛が酷かった時は乗せてくれたけど今日は特に具合が悪い訳でもない。ますます理由が分からない。
せめて理由があるならちゃんと説明しろ。そうじゃないならジャンケンだと言い張れば、緑間は小さく舌打ちをした。何なんだよ今日は。おは朝以外の占いで何か言われたりしたのか。そうでもなければ緑間が自分からリアカーを漕ぐなんて言い出さない気がするんだけど。
「つべこべ言わずにお前は乗れば良いのだよ」
「だからさ、リアカーはジャンケンって決めてるじゃん? どうして急にジャンケンなしになったんだよ。真ちゃんも漕ぎたくなった?」
「そうではないが、細かいことは良いだろう。お前こそ漕ぎたいのか」
「まっさかー。でも、それならやっぱジャンケンで良いだろ?」
上手くそういう話に持っていけば緑間も言葉に詰まる。それじゃあジャンケンな、といって強引にジャンケンをさせたんだけど……結果は必要ないか。一応結果を伝えると、オレがグーを出して緑間がパーを出した。今日も今日とて連敗記録を更新中。分かってたことだけどな。
ジャンケンもしたことだし、オレ達はいつも通りに学校へ向かった。学校に着いたら今度は朝練。それが終わったら片付けて教室に移動してホームルーム。なんてことはない、いつも通りの一日が始まった。
…………はずだったんだけど。
「しーんちゃん?」
どうしたの?何かあったの?つーか何があったんだよマジで。
と聞きたかったけれど、とりあえずは名前を呼ぶだけにした。ちなみに今は昼休み。いつも通りに昼食を広げたところだ。緑間も同じく弁当を出して食べているけれど、今日は何かちょっと変だ。何がと言われても色々ありすぎて片っ端から説明するのは面倒なくらい。どれも小さなことだけれどこうも続くとオレだって気になる。
「……何だ」
「それはこっちの台詞。おは朝で友達に優しくしろとか言われた訳じゃないっしょ?」
それとも別の占いにでも出ていたのか。今日は友達に優しく接したら吉みたいなことが。それなら納得だけど、そうじゃないなら何なのか見当もつかない。
簡単にいうと、今日の緑間はやけに優しい。優しいというか、なんていうんだろう。オレより先に気を回してくれるっていうの?いや、同じことか。朝もいきなりジャンケンなしでリアカーを漕ごうとするし、朝練でもオレが指示出すより先にやってくれたりして。小さなことの積み重なりなんだけど、急に変われば誰だって不思議に感じるだろう。
「それともアレ? たまにはオレに優しくしてあげよう的なことを唐突に思ったとか?」
占いではないと言われたから、それ以外に考えられることで真っ先に出てきたのはこれだ。緑間の気まぐれで今日は優しくされている。自分で言いながらそんなことがあるのかとは思ったけれど、一番考えやすい理由はそれである。
他の理由だとしたら、罰ゲームとかそういうのしか出てこない。人に優しくするのが罰ゲームとかどうかと思うけど。自分で考えておいてなんだけど、これはないよな。
そんな勝手な思考をしていると緑間に溜め息を吐かれた。何なんだよとそちらを見れば呆れたような目を向けられる。
「人が好意でやっているというのに酷い言いようだな」
「急に親切にされれば誰でも驚くっつーの」
「急ではないのだよ」
いや急だろ。今日になっていきなりじゃん。昨日までは普通だったのにどうして……。
そう突っ込むオレに緑間は大きく溜め息を吐いた。そして。
「お前は自分の誕生日も忘れたのか」
言われて気が付く。今日が十一月の二十一日、つまりオレの誕生日だということに。
正直ついさっきまで忘れていた。人の誕生日は割と覚えている方なんだけど、自分の誕生日って案外忘れたりするんだよ。大抵覚えているオレに説得力なんて全くないけれど。
でも、それじゃあ今日の緑間のあの態度は全部オレが誕生日だったからということだろうか。誕生日だからリアカーを漕ごうとしたり、いつもより優しくしてくれていたのか。つまりそれって。
「真ちゃん、オレのことお祝いしてくれてたんだ」
そういうことなんだろう。まず緑間がオレの誕生日を覚えていたことに驚いたが、そういえば去年もラッキーアイテムをくれたりしたっけ。一昨年は当日にオレがいきなり言ったら、形の残るものはなかったけれど「おめでとう」という一番嬉しい言葉を貰った。
オレ達が出会って三年目。オレの誕生日が近くなってきて緑間はどうやって祝おうかと考えたりしてくれたんだろうか。その姿を想像するとおかしくて思わず笑みが零れる。
「オレって愛されてるのな?」
「……信頼はしている」
その間はなんだよと言えば五月蝿いなんて言われる。これはただの照れ隠しだ。本当にそう思っている訳ではない。まぁ、少しは思ってるかもしれないけど。
「でも、普通におめでとうって言ってくれりゃあオレは十分だぜ?」
「お前はオレの誕生日を祝っただろう」
「それはオレが祝いたかったから。あ、やっぱり真ちゃんもオレのこと祝いたかった?」
だったらどうする。
って、その返しは予想外だったんだけど。馬鹿なことを言うなとかいつもならそう返ってくるはずなのに、それもオレが誕生日だからという理由なんだろうか。緑間が素直すぎて。普段だってそれを上手く言葉に出来ていないだけで優しい奴なんだけどさ。これは反則だ。
そんでもって嬉しいって思うんだよなオレも。何に対してって、祝おうとしてくれたこととか素直に向けられる好意が。そうじゃなくてもオレには分かってるんだけど、実際言われるとなんだかんだで嬉しいものだ。今年は忘れてたんだけどさ。
「あー……オレ今なら死ねるかも」
「お前に死なれたら困る。誰がオレにパスを出すのだよ」
今日はとことん素直なのね。あまりにデレが多すぎて、普段との違いにオレがついていけない。そりゃお前にはオレがパス出すよ。オレはお前の相棒だし、オレが出さないで誰が出すんだって話だな本当。
「高尾、お前にはいつも感謝している。ありがとう。それから誕生日おめでとう」
更に続いた言葉にオレはどうすれば良いのだろうか。もうオレのライフはゼロだ。今ならマジで死ねるかもしれない。というより死んでも良い。
ウィンターカップも控えてるこんな時期に死ねないけどさ。ウチのエース様もオレのパスが必要みたいだし。
絶対今オレ顔赤いんだろうな。そう思って顔を逸らせばどうしたのかって聞かれる。どうしたもこうしたもないんだけど、言ってもしょうがないから喉まで出かかったそれを押し込めた。なんでもないとだけ言ってオレも昼飯を食べる。
「あ、真ちゃん。卵焼きちょーだい!」
「またか」
「だって真ちゃんちの卵焼き美味いんだもん。唐揚げと交換で」
仕方のない奴だと言いながらいつも交換してくれる。お互いに弁当だった時にはよくあるやり取りだ。
祝ってくれるだけでも嬉しいのに、本当、コイツは分からない。
三年付き合ってても全然飽きない。今でも新しい一面を見つけることがある。きっと、オレはまだコイツのことなんて全然知らないんだろう。この先どれくらいのことを知ることが出来るんだろうか。もっと知りたいなとか思ったりして。
まぁでも、今日はありがとう。すっげー幸せだった。形ばかりがプレゼントじゃないよなって改めて思った。こんな幸せな誕生日、なかなか迎えられるものじゃない。
ありがとう、相棒。大好きだぜ。
なーんてな。冗談じみたオレの言葉をお前はいつものことと受け流すんだろう。本心なんだけどな。
← →