特別な関係の君と僕 11
オレはまだ子どもだから。きっと迷惑も掛けるし、分からないことも沢山あって。だけど、もう右も左も分からないほど子どもじゃない。
小さい頃から傍に居て、ずっと一緒に過ごしてきた。大切な人。誰よりも、何よりもとても大切な。貴方の力になりたい。少しでも早く隣に並べるようになりたい。早く大人になりたいと思ってきた。
一緒に居ることが楽しくて。一緒に居る時間が幸せで。貴方と一緒に居られるならそれだけで良いと思った。
好きだった。優しくしてくれる兄ちゃんのことが。
好きなんだ。いつも傍に居てくれる貴方のことが。
「和成」
「何、真ちゃん」
小さいお前を守ってやらなければいけないと、そんなことばかり考えていた。子どものオレに出来ることは少なかったけれど、隣でお前が笑って居てくれたから進むことが出来た。
大人になって何か変わったのかといえば、特にないだろう。生活が昔ほどは苦しくなくなったという経済面での変化はあったものの、あの頃だって辛いとは思わなかった。子どもだったオレには、本当にこれが正しいのか分からなくなることもあった。それでもこうして今を過ごしているのは、お前が居たから。何よりお前が大事なんだ。
お前が居るだけで不安なんてなくなって。一緒に居る時間が幸せで。お前が居てくれるならそれだけで十分だと思った。
大切だった。いつも傍で笑う弟のようなお前が。
大切なんだ。いつだって傍に居てくれるお前が。
「昨日の話だが、赤司のことは誤解だ。アイツが勝手なことをお前に吹き込んだだけだから気にするな」
誤解、ね。まぁアレはオレの聞き方も悪かった。別に誤解なんてしたつもりはないんだけど、わざわざ訂正してくれたのは有り難い。真ちゃんはオレ達がどんな話をしてたか知らないから、こんな風に話すんだろうな。
本当に赤司征十郎は色んな意味で凄い。真ちゃんがこう話したのにも、先生が関わっている可能性はなくもないだろう。あの人が友人として真ちゃんを大事に思っているっていうのは、話してみて良く分かった。それでいて、真ちゃんと一緒に居るオレのことも気に掛けてくれてるんだってことにも気付いた。あの人は一体どこまで分かっているんだか。
「分かってるよ。昨日はちょっと考え事もしてたから、心配させてゴメン」
「それなら良いが、何か悩みでもあるのか」
「ん? もう平気だよ。あ、そうそう。来週宮地サン達が部活に顔出してくれるって」
この前来た時に今度は皆で来ると言っていたか。最近よく来ているが、それも和成と喧嘩をする前に来てからというもの結構世話になっているからだろう。この前やって来たのも和成の話が目的だったらしいしな。次に来るのはその和成と約束をしたから、そう遠くなくて都合のついた日といったところか。
同じ学校の先輩と後輩。三年と一年だったから、共に時間を過ごしていたのはたった一年だけだ。それでも二人は仲が良いから今でも付き合いがあり、和成のことを大切にしてくれているというのは分かっている。あそこまで親身になってくれる人はそうそう居るものではない。後輩には厳しく物騒なこともよく口にしていたが、面倒見は良いのだ。
「たまには真ちゃんも部活中に教えてくれても良いのに」
「教えてやっているだろう」
「そうだけど、そうじゃなくて。オレは見て貰ってるから良いけどさ、スリーは得意分野じゃん」
「スリーだってお前達に教えている」
それもそうだけど、なんて言えばいいのかな。ただ教えるだけじゃなくてやってみせてくれることもあるにはあるんだけど、それはやっぱり少ないんだよな。教え方は上手いし、分かり易いようにってやってくれるからオレ達もすぐに飲み込めるんだけどさ。真ちゃんのシュート、見てみたいって思ってるヤツなら部員にだって結構居ると思う。もう選手ではないんだからとはいっても、キセキの世代の名は今でもバスケをやる者の中に残っている。
その反面で、このままでも良いかと思わなくもない。なんでかって、それは言わないけど。後輩にせがまれて頼んだこともあるけど大抵こんな感じだ。今回のも同じ理由で話を振ってみた訳だけど結果は同じ。明日適当な理由を付けて答えておかないとな。そういえば部活であのスリーを見せてくれたのって、オレが知る限りで一回だけな気がする。他のプレーは教える時に見せてくれたりするけど。
「それを言い出したら、お前は赤司にでも見てもらいたいのか?」
「赤司先生に見てもらったら得られるものはあるだろうけど、オレは真ちゃんに見てもらえるのが一番かな」
バスケを始めたのがオレの影響ということもあり、昔からバスケを見てやっていた。基本的なことはオレが教えたからか、動きに似ている部分があると部活の試合を見に来た赤司に言われたことがある。中学に入るまではずっとオレが教えてきて、高校に入ってからもまたオレが見ているのだからそうなるのも当然といえば当然だ。中学の時でさえ、家でバスケを見て欲しいと言われれば見てやっていた。あまり撃たないながらも和成はスリーの成功率が高い。
教えられることは教えてきたが、そのポジション特有のことは同じポジションの選手に聞く方が良いだろう。どうしたら良いと思うかと聞かれれば答えてやるが、近くに聞ける相手が居るならそっちに聞きたいのではないかとも思った。だが、和成の答えは先程の通りだ。赤司も忙しいとはいえ多少なりと時間を作ることくらい出来るだろうけれど、本人が良いというなら良いか。何かあれば直接聞くことも出来る距離に居る相手だしな。
「…………あのさ、真ちゃん」
なんてことはない。いつもと同じ要領で話せば良いだけ。性格が性格なだけに、誤魔化すことだって難しいことじゃない。
話をするということも気持ちを伝えるということも大切であって、やりたいと思った時にしなければいけないことだって分かってる。分かっていながらも勇気が持てなかったり、弱いオレは今一歩を踏み込むことが難しかったけれど。周りの人達が教えてくれた大切なこと。
「どうした」
当たり前にある日常。それがずっと続いたら良いと願う。そんなことですら叶うか分からないけれど、少なくとも今はそれで良いと思っていた。一緒にこの時を過ごしていけるのなら、今はそれ以上は何も望まない。そう考えていた。
けれど周りは言う。たった二人で生きてきたけれど、今は二人で生きているのではない。周りには支えてくれる人達がいて。心の奥底に秘めたこの感情を。
言葉にしなければ伝わらない。それがこの関係を崩すことになったとしても、何も伝えないまま終わってしまうより百倍もマシだ。
何もしなければ変わらない。このままの日常を守っていくのも良いけれど、心のどこかでは気持ちを伝えることの大切さを訴える声がする。
(大切な人。誰よりも、何よりも。それでいて)
(好きになっていた。昔から抱いていた“好き”とは違う、別の“好き”という意味合いで)
そして、そんな自身の感情にも気付いてしまった。
だからオレは――――。
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