二人が出会ってから六日目。
 今日もいつものように二人揃って遊びに出掛けていた。お馴染みのメンバー達と今日は何をしようかと相談し、まずはケイドロをしようと決めるとチーム分けをして早速スタートした。




   





「しーんちゃん!」


 いきなり後ろから飛びつかれて前のめりになる。なんとか転ばずに済んだが一歩間違えば二人して転ぶ羽目になっただろう。
 高尾がそう呼ぶからか、他の友達からもいつの間にかしんちゃんと呼ばれるようになっていた。だが、こんなことをしてくるのはその中でも一人しか居ない。後ろを振り返れば、予想通りの人物がニコニコしながら抱きついている。


「何をしているんだ、カズ」

「え? 何って、しんちゃんに抱き着いてるけど?」


 そのまんまに返されて思わず溜め息が零れる。言いたかったのはそういう意味ではなかったのだけれど、どうやら伝わらなかったらしい。
 六日目にもなれば一緒に遊んで居る友達の名前くらいは覚える。一番初めに好きに呼んで良いと言われていたがそれも逆に困る話で、他の友達がしんちゃんと呼ぶようになったのと同じように、今は彼も高尾のことを周りと同じくカズと呼ぶようになっていた。


「そうじゃない。どうして泥棒のお前が警察のオレに抱き着いてくるんだ」

「んー……抱き着きたかったからかな」


 初日に次からは二人は別チームだと言われた通り、今回はそれぞれ警察と泥棒に別れている。時々、たまには一緒のチームが良いと言う高尾の意見も取り入れて同じになることもあるが、大体はこのように別チームだ。
 そして今はケイドロの最中で、泥棒が警察に抱き着くなんていうのは自首をしているようなものだ。それを分かっているのかと言いたいが、さっさと牢屋に行こうぜなんて言っている辺りルールは理解しているらしい。唐突な行動は今に始まったことではないが、それを理解するのが困難なのは相変わらずだ。
 とりあえず牢屋となっている石の場所まで二人で歩いていく。他には誰も居らず、どうやら捕まったのは一番らしい。開始してすぐの出来事なのだからそれも当然だろう。


「それで、何のつもりだ」


 わざわざ自首してまで二人でこの場に居る理由。最初に捕まればその時に捕まえた人が見張りになるというのは分かり切っている。それが目的であろうことは薄々分かっていた。牢屋まで辿り着いたこの状況こそが高尾の望んだものだろう。その予想通りだったらしく、暫く周りの様子を眺めてから高尾は漸く話を始めた。


「なんかしんちゃんが元気なかったから、どうしたのかなーと思って」


 想定外の言葉が出てきて少年は瞳を大きく見開いた。一体何を根拠に言っているのだと言い返そうとして、途中で見れば分かると遮られてしまった。


「何かあったの? それとも、オレが何かしちゃったとか……」

「カズは何もしていない」


 マイナス方面に考え出したのを急いで止める。元気がなかったという自覚はあまりなかったけれど、それは少なくとも高尾のせいではない。
 それなら何かあったのかと尋ねられたのには、心当たりがない訳ではなかった。心配してくれる友人にどう言うべきか迷う。けれど真っ直ぐに見詰める瞳には叶わず、少年はゆっくりと口を開いた。


「…………明日」

「明日?」

「明日になれば、家に帰らなければいけない」


 そう、彼が此処に居られるのは一週間。あれから六日が経ち、残すところラスト一日となっていた。
 今までもこうしてここに遊びに来たことはあった。だけど、一緒に遊ぶような友達が出来たのは今回が初めてだった。その友達と遊べるのは今日が最後。寂しい気持ちがないといえば嘘になる。


「そっか……。でも、またこっちに来た時に一緒に遊べば良いだろ?」

「仕事が忙しくてあまり来られないから、次がいつになるかは分からない」


 親の仕事柄、そうそう出掛けることは出来ない家庭なのだ。今回一週間も泊まりで来られたのは、両親が時間を作ってくれたのと夏休みの宿題のお蔭だ。
 小学生らしい“自然と一緒に遊ぼう”という宿題の内容は、山や川で色んな植物や生き物を見てみようといったものだった。彼の住む場所は都会の方で自然があまり多いとはいえず、せっかくならおばあちゃんの家に泊まりに行こうという話になった。久し振りに顔を見せるのだしたまにはゆっくり過ごそうと少し長めに予定をやりくりした結果がこの一週間だ。

 そんな事情など知らない高尾だが、彼の話から滅多にこの場所には来られないということは分かった。来たとしても遊んだりしている暇はないくらい短い時間なのかもしれない。
 それなら、彼の言うように次がいつになるかは分からない。それどころか次があるのかさえも危ういのではないだろうか。


「でも、絶対会えないワケじゃないんだからさ」


 出来るだけ明るく話してみるものの現実が変わる訳ではない。まだ小学生の子供が一人でここまで来ることも出来ないだろうし、いくらそう言ってみても頭では理解してしまっているのだ。
 あまり考えないようにしていた別れの日はもう明日にまで迫ってきていた。つい数分前までは意識していなかったのに今になって急に現実味を帯びてきた気がする。重い空気にどちらともなく口を閉ざしてしまい、牢屋として扱われている石の周りだけはやけに静けさが漂っていた。
 そのまま沈黙は続き、先にそれを破ったのは高尾だった。


「よし! しんちゃん、明日はオレと一緒に遊ぼう」


 出てきた言葉に思わずぽかんとしてしまう。だって、遊ぶのはあの日出会ってからずっとでわざわざ約束をせずとも明日も遊ぶものだと思っていたから。あえて約束をする意味があるのかという疑問が浮かんでくる。


「明日も皆で遊ぶんじゃないのか?」

「それは今日。明日はオレと二人で遊ぼうって言ってんの」


 疑問をそのままぶつければ、言葉の意味を間違って捉えていたということに気付く。一緒に遊ぶというのはここに来て出来た友達全員とではなく、高尾と二人だけでという意味だったらしい。高尾が何を考えているのかは分からないが、二人で遊ぶことについてはすんなりと承諾した。
 この一週間で沢山の友達が出来たとはいえ、その中でも一番特別な友人。真っ先に声を掛けてくれて友達の輪に入れてくれた無邪気な少年。断る理由なんて何もなかった。
 その返事を聞いた高尾は嬉しそうに笑うと「約束な」と小指を差し出した。同じように小指を出して絡めると指切りをした。そして二人の指と指が離れると、今度は口角を持ち上げてニヤリとした笑みを浮かべた高尾の表情が見える。


「んじゃ、ケードロ再開ってことで」


 パシンと良い音が響いたかと思うと同時に地を蹴りだした。どうやら牢屋の近くから助ける為に近付いていた仲間が居たらしい。話が終わったタイミングで見事に逃げられた。
 それを合図に少年も走り出し、今度こそ全員でのケイドロが始まった。わざと捕まるなんて真似はせず、逆に捕まった人達を次々と助けながら逃げ回る高尾。とりあえずアイツを捕まえないと話にならないと警察は集中狙いを始めた。

 こうして、ケイドロをはじめとした様々な遊びをワイワイと騒ぎながら楽しんでいると、いつの間にか太陽は西の空へと傾いていた。


「何で皆してあっちの看板に走るんだよ」

「鬼が看板って言ったからだ。それに、普通は一人の方が有利になるものだろ?」

「そうそう。でも、たまには一人を追うのも良いかなって」

「絶対オレは大丈夫だと思ったのにさ」


 本日最後の遊びはいろもの鬼。このゲームでは鬼が色、または物を指定してそれ以外の人はそれに当て嵌まる物をタッチするという遊びだ。何か一つを指定してもそれに該当する物は幾つもあり、大抵は大多数が走った方に鬼も向かってその内の誰かにタッチすることが多い。だから一人だけ別の方に走ってすぐに戻ってくれば、最後の一人でもない限りは狙われる可能性は殆どないのだ。
 ただし、それはあくまで可能性の話である。中には捻くれ者が居ないとは限らない。現にそうやって一人を追って一対一の勝負をした鬼が此処に居た。


「まあまあ、終わったもんは気にすんなよ」

「やった本人が言っても説得力も何もないんだけど、カズ」


 いつも大多数を狙ってばかりじゃつまらないじゃん、とまで言ってしまっては尚更説得力はない。だが、いつまでも終わったことを気にしていても仕方ない。「今度は覚えておけよ」と宣戦布告をすれば「望むところだぜ?」とこちらはとても楽しそうである。
 どこからか鳴り出した夕焼け小焼けを耳にすると、もう帰る時間かと残念そうな声を漏らす。一日中遊んでもまだ全然遊び足りず、もっと遊びたいというのが少年達の心境だ。親に怒られると分かっているからこれを合図に必ず帰っているけれど。それぞれ「また明日な」と挨拶を始めたところに「ちょっと待って」と引き留める声が一つ。


「どうしたんだよ?」

「明日、しんちゃんは家に帰るから来れないんだって。だから遊べるのも今日で最後なんだ」

「え、そうだったのか!? そういう大事なことはもっと早く言えよ!!」


 一人が言った言葉に周りも同意見らしく、何で今なんだよと集中攻撃を受ける。どうにか誤魔化そうとしてみても絶対覚えてただろと信じてくれない。短い間とはいえ一緒に遊んだ彼は、それだけ皆にとっても大切な友人ということなのだろう。
 皆から散々言われている高尾を見て、少年はとりあえず皆を落ち着かせようと声を掛ける。だが、すると今度は一気に矛先が変わって全員の声がこちらに向かって飛んできた。


「何で先に言わないんだよ。オレ達お別れ会も何も用意してないんだぞ」

「こっちには遊びに来てたって知ってたけど、まだ遊べると思ってたんだぜ」


 色んな言葉が掛けられるが、そのどれもが別れを惜しんでくれているものだと思うと悪い気はしない。こんな風に気にしてくれていたなら、先に言っておいた方が良かっただろうかと今更ながらに思う。だが時間を遡ることは出来ないのだから「すまなかった」と謝罪の言葉を述べた。
 それからは「元気でやれよ」とか「またこっちに来たら一緒に遊ぼうな」といった言葉を掛けられる。もう彼はここに居る仲間の一員なのだ。全員から温かい言葉が次々と贈られる。
 一通り挨拶が終わったところで、誰ともなく発された「じゃあな」という言葉と共に家路に着く。いい加減に帰らないと本当に親に怒られてしまう。


「あ、それとさ。明日はオレも用事があって来れないから」


 遠くなった背中に大声で伝えれば、何でいざ帰ろうとした時にまた言うんだよと怒られる。けれど、こちらはいつもの友達同士の連絡なので適当に分かったよと返事をされる。それからもう一度皆が彼に対して最後の別れの言葉を告げ、それぞれの家へ向かって今度こそ歩き始めた。

 この場所で過ごす夏休みは、あと一日。