人間ではないと言ったら驚くか。緑間を真っ直ぐに見つめながら高尾はそう尋ねた。
 いきなり何を言っているんだと緑間は思うだろう。もし逆の立場だったのなら、高尾は間違いなくそう思った。どういう意味だよ、何の冗談とか言いながら笑い飛ばしたかもしれない。
 けれど、高尾は冗談ではなく本気で言っている。それは緑間にも分かっていた。ふざけている様子も一切見られなければ、真剣な瞳は揺れることなく翠に向けられている。


「今更驚くこともないだろう。昔会ったお前は大人だったのだからな」

「はは、そういやそうだったな」


 幼き頃に出会った高尾は大人の姿をしていた。正確には、緑間からすれば大人に見えていた。年齢など聞いたこともなかったが、見た目や雰囲気から大人だと認識していたのだ。
 どちらにしても、あの時の男と目の前の男が同一人物である時点で年齢の計算が合わない。人間じゃないと言われれば驚くけれど、そのことを踏まえるとそこまで驚くことでもない。それこそ今更な話だ。


「そもそも、人間だろうとそうでなかろうとお前はお前だろう」


 人であろうとなんだろうと、緑間は高尾和成という男をこの一年間ずっと見てきた。小学生の頃はそれこそ毎日のように会っていた。人間かどうかなんて関係ない。高尾和成という人物に心を許しているからこそ、学校生活で隣に並んでいたのだ。
 そして、それはお前も同じだろう。もし逆の立場だったとして、お前はオレを奇特な目で見るのか。答えはNOだ。高尾は緑間真太郎という男が好きでずっと傍に居たのだから。


「あー……やっぱ真ちゃんには敵わねーな」


 予想外の返答に高尾は戸惑う。勿論、そんな素振りは表には出さない。そんな答えを聞かされてこっちが驚かされた。
 本当、昔から変わらない。緑間に出会えて良かった。やっぱり別れたくない。
 そう思ってしまうくらいには、高尾は緑間のことが好きだった。何より大切だった。だからずっと傍に居たのだ。子どもの時にしか一緒に居られないなんて、酷い運命もあったものだ。……なーんて。




 





 オレ達の出会いは、真ちゃんがまだ小学生だった頃の話だ。何がきっかけでこの公園に通うようになったのかを緑間が覚えているかは分からない。ただ一つ言えるのは、その出会いを仕組んだのはオレであったということ。
 真ちゃんが小学生の頃に出会った。それはあくまで真ちゃん視点の話であって、正しくはそれよりも一年前。緑間は絶対に覚えていないだろう。けれど、オレは覚えている。

 あの日、あの場所で、オレは緑間に出会ったから今ここに居る。

 大袈裟なことを言ってるんじゃない。あの時、真ちゃんに助けられなかったらオレはこの場に居なかっただろう。出会うことさえなかった。


『どうしたのだよ。どこか痛いのか?』


 幼稚園児だった彼は心配そうにオレを見た。あん時は色んなことが重なって、結論をいうならオレの体力は底を尽きかけていた。ついでに怪我もしていて、これはもうダメかもしれないなくらいのことを考えていた。ヘマをしたのは自分だったし、これも自業自得だと死を受け止めていた。

 オレは本当に真ちゃんに命を救われている。そんな子どもに何が出来るって思うだろ?子どもだから出来たんだ。人間ではないオレ達は子どもにしか見えない存在だった。だからって子どもが死にそうな人を助けられるのかという疑問は残るだろう。
 それは、偶然に偶然が重なったとでも言うべきだろうか。真ちゃんが占いを絶対的に信じているから、としか言いようがない。昔からおは朝占いを信じていたんだ、彼は。

 ラッキーアイテムがない時の緑間の不運っぷりは生死が関わる事態が起こるほどヤバい。簡単にいえば不幸体質の持ち主だった。だからラッキーアイテムで補正する。それは今に始まったことではない。
 ここまで話せば分かるかもしれないが、その日のラッキーアイテムがたまたまオレの力を回復させる能力を備えていた。大人達も真ちゃん本人もたかが占いのラッキーアイテムにそんな効果が付加されていたなんて思わないだろうが事実だ。正直オレも驚いた。偶然に偶然が重なったとしか言いようがない。それこそオレからすれば奇跡が起こったかのように錯覚した。


「緑間真太郎クン」


 それはオレ達が出会ってから数ヶ月が経ち、緑間が小学生に上がった時のことだ。この公園にやってきた緑間にオレの方から声を掛けた。知らない人に声を掛けられても着いて行ってはダメだとはよく言われる教えだろう。ぶっちゃけ怪しかったと思う。
 けど、真ちゃんは普通に疑問を返しただけだった。お前は一体誰なのかと。どうして自分の名前を知っているのかと。知らない人うんぬんは知っていたと思うけれど、疑いの色を一切見せない瞳で尋ねた。だからオレも答えた。自分の名前を。そう、高尾和成と名乗った。


「高尾……?」

「そ。説得力はないだろうけど、怪しいモンじゃないぜ」


 これこそ怪しい人が言う決まり文句だろう。怪しくないと言っている人ほど怪しく聞こえるものだ。自分で言うのもなんだけど、普通はあまり関わらないでさっさと帰ろうと思うだろう。全く知らない人に話し掛けられてすんなり信用出来るような世の中でもない。
 それならば、他に言い方はなかったのかと思うがなかったんだから仕方がない。初めて会った時のことなんて覚えていないだろうし、まずあの時とは違う姿だ。分かる筈もない。だから真ちゃんの記憶がオレとの初対面は小学生だったと記憶しているのも当然なのだ。
 と、まぁその辺のことは今は関係ないからおいておこう。いきなり現れた怪しい人と認識されてもおかしくないこの状況。だが、話は意外とすんなり進むこととなった。


「お兄さんはオレに何か用があるのか?」


 警戒することもなく、変わらない態度で真ちゃんはオレに問うた。こんな風に上手くいくなんて思っていなかったからちょっと拍子抜けした。

 でも、今思えばそういう問題じゃなかったのかもしれない。これはあくまでもオレの憶測だけど、第一にオレは人間ではなかった。そして、オレは緑間を守りたかったからこうして接触する機会を窺っていた。本来なら契約をしたりするものなんだけど、オレはあえてそれをしなかった。契約をすればそれこそ近くで守ることが出来るけれど、逆に危険に巻き込んでしまう可能性もある。だからオレはただ近くで見守ることを選んだ。
 それが規約外であることは理解していたけれど、絶対にやってはいけないことでもない。屁理屈でもそれが一番だと思った。それで良かったとも思ってる。契約はしなかったけれど、オレ達は特別な関係であった。多分だけど、何か惹かれるものがあったというか。ほら、なんとなくだけどこの人は信じられるとかあるだろ?そういう何かがあったんだと思う。

 ま、どれもオレの憶測の話だけどな。実際はどうだったかなんて真ちゃんに聞かない限り分かりっこない。だけど、あんなに上手くいったからには何かしらの理由があったのではないだろうか。オレがいくら考えても知り得ないことだけれども。


「用ってほどのことじゃないんだけど。ここで会ったのも何かの縁ってことで一緒に遊ばない?」

「オレが、お兄さんと?」

「うん。夕方の鐘が鳴るまで。オレはいつも近所の子と公園で遊んでるの」


 草花遊びをしたりお話を聞かせてあげたり。一昔前でいうなら紙芝居で読み聞かせをするような人。それっぽいことを並べて説明したけど、これらは全部でっち上げだ。これなら少しは怪しまれないかななんて、今更すぎる話なんだけど。何でも良いから一緒に居る理由が欲しかった。
 そうやって話を進めようと真ちゃんが頷いてくれなければ傍には居られない。どんなに言葉を並べようとも真ちゃんの一言で全て決まる。
 内心、どんな答えが返されるかどきどきしていた。ずっと一緒には居られないけれど、それでも、子どもの間だけでも傍で守ってあげたい。助けて貰った恩返しをしたいと思った。オレに出来るのはせいぜいそれだけだったから。不幸体質のせいで苦労している彼の助けに少しでもなれば、そう思ったんだ。


「…………少しなら良いのだよ」


 数十秒ほどの時間が経ってから発された答えはYESだった。その一言で、オレの中にあった断られるかもしれないと不安は一気に吹き飛んだ。これで傍に居ることが出来る。短い時間しか一緒に居られないけれど、その間だけでも厄災から守ってやることが出来る。
 この時点では、子どもの間ずっと傍に居られるとは決まっていなかった。だけど、なんでだろうな。自然と「また明日」と言って別れた時、真ちゃんなら明日も来てくれると思ったんだ。根拠は何もなかったけれど、実際に真ちゃんは次の日も、その次の日も公園に来てくれた。オレ達は毎日一緒に遊んだ。最初に説明したような草花遊びから、紙芝居は持っていないけれどオレの知っている話を聞かせたり。そうやって過ごす日々はキラキラしていて楽しくて仕方がなかった。

 いつしか、目的を忘れてしまうくらいオレは真ちゃんと一緒に居られるその時間が大切になっていた。同時に、大人びているこの子との別れは普通より早くやってくるんだろと苦しくなった。
 これはどうしようもないことなんだ。オレは、オレの役目を果たすだけ。
 そもそもオレ達は契約も何もかわしていない。オレ達の間にある細い繋がりの糸は、時間が流れれば劣化して知らない内に切れてしまう。何も残らないのは悲しいけれど、それで良いんだ。


 これは、一時期の戯れ。今だけの関係。
 大人になっていくにつれて、子どもは次第に忘れていくのだ。非現実的な自分達のことを。