どうして緑間の前に現れたのかって? そりゃ、傍に居たかったからだよ。それ以外に何の理由があると思うんだって話。守る為、心配だから。それもあるよ。だけど、オレだって人間じゃないにしても生きているんだから感情くらい持ち合わせてる。
つまるところ、オレのエゴだ。学年が上がるにつれて会う機会が減ったのは、真ちゃんが成長しているということ。それでも小学校を卒業する前に会えたのは、やっぱりオレが最後にもう一度会いたいなんて思ったから。結局、こうして真ちゃんが高校生になるのと同時に再開したけど記憶があるのはオレの方だけ。
真ちゃんはずっと大人びていた。普通に会おうとしても会えない。だけど高校生はまだ子どもに数えられる。屁理屈だけど傍に居たくて、オレはある力を使った。
別に怪しいものじゃない。個人差はあるもののオレ達が元々使える能力の一つ。人間の子どもの姿になる力。
「ワガママなんだ、オレ。お前を守りたいと思う以上に、お前と一緒に居たいと思ったんだ」
守りたいと思っていたのも本当。傍に居るにはこれしかなかった。自分でも上手く言葉が纏められないけれど紛れもないオレの本音だ。どちらの比重が大きいかといえばいつからか後者になっていたけれど、前者も変わらないくらいオレの心の内を占めていた。
だからといって、最初から決まっていた期間を強引に引き延ばしてどうするのか。そうすることに何の意味があるのかといわれると困る。掟に定められてはいないにしても常識的に考えてオレの行動は有り得ない。そこまでして、再び緑間の前に現れる必要はあったのか。
当然、その必要があったから現れたんだ。
どんなに一緒に居たいと、守りたいと思っても、オレだってこの関係が限られた時間だと重々承知していた。そういう気持ちがあっても、自分勝手な気持ちで無理矢理再開をしたりなんてしない。オレだってこういう世界で生きてきたのだから、それくらい分かっていた。
「ゴメン、真ちゃん。オレはもうお前の相棒では居られない」
夢うつつの世界 6
高尾の発したその言葉の意味を理解するのに数秒を要した。どういうことだと聞き返した声は、僅かに震えていた。動揺が隠しきれなかったのだろう。
ポーカーフェイスが得意な筈の当の本人も、自身の感情を上手く隠せなかったらしい。顔を逸らして浮かべられたその笑みはちゃんと形にすらなっていない。
「お前が人でなかろうがオレは気にしない。なぜお前がオレの相棒をやめなければならんのだ」
「……真ちゃんならそう言ってくれると思ってた。けど違うんだ。やめなくちゃいけないんだよ。オレはもうこの世界に居られない」
出来るのなら、高尾だってまだ緑間の相棒で居たい。散々屁理屈で突き通してきたのだから今更常識に囚われたりはしない。そんなものは放り投げて自分の好きにやっていただろう。だが、今回は高尾の意思で自由に出来るような問題ではないのだ。
その言葉で、緑間は今ここで自分達が話をしている理由に辿り着いた。相棒で居られない、この世界に居られないから、メールや電話でもなく次の日を待つこともせずに自分の目の前に現れたのだと。高尾が自分の秘密を打ち明けた理由は、これだったのだと、理解してしまった。
「…………訳くらいは聞いても良いか」
この世界に居られなくなってしまった原因。高尾は緑間に助けられたから、恩返しをする為に傍に居たのだと先程語ったばかりだ。それらを踏まえて考えるのなら、答えが想像出来なくはない。
それでも、緑間は尋ねた。それが高尾の役目だったというのなら、それでも納得は出来ないけれど。後悔したところで過去は変えられない。時間を戻すことは誰にも出来ないのだ。
「深刻な顔すんなよ。ただ単にオレの力がなくなっただけだから」
問いに対する答えになるように高尾は言った。結局どういうことなのかを隠したのは、緑間の為か、それとも自分自身の為か。
もしかしたら両方なのかもしれない。本当のことを知りたいのだろうけれど、それを知ったら少なからず緑間は自分を責めるだろう。どうしてそんなことをしたのだと。余計なお世話だと。どちらが悪い訳でもない。けれど現実は変わらない。そう辛そうに話す緑間を見たら、高尾もまた胸を痛める。違う、そんな顔をして欲しいんじゃないんだと。
だから誤魔化した。誤魔化して、それで笑って終われるのなら良いじゃないか。例えそれが偽りの上にある笑顔でも、悲しんで終わるよりよっぽどマシだ。
「真ちゃんとするバスケ、すっげぇ楽しかった。一緒に日本一を目指せなくてごめん」
「謝るな。お前はこれまで努力をしてきただろう」
「……そうだな。真ちゃんには適わないけど」
「努力は人と比べるものではない。言うまでもないと思ったんだがな」
例えばバスケで人と同じだけの練習をしたとして、それが自分に合ったものでなければ効果的ではない。誰かを真似て同じように同じだけやっても、効果がないとはいわない。けれど、それならば自分に合ったものを同じ時間だけやった方がよっぽど良い。
つまり、緑間の言う通りなのだ。部活が終わってからも同じだけの時間を練習に費やしてきた。そりゃ、同じだけ残っていてもやっている量に違いはある。それでも、緑間は一番近くで高尾のことを見てきたのだ。秀徳の、このチームで勝つ為にしてきた努力は比べられるようなものではない。どちらも勝つ為に人事を尽くしてきた。
正しいことを言われて「ごめん」と謝ろうとして、音になる前に消えた。謝るのは何か違う。かといって「ありがとう」でもない。伝えたいのはそんな言葉じゃなくて。
ああ、あれもこれも違う。根本的に間違っていたんだ。上手く言葉が纏まらなくてもそれで良いんだ。自分なりに伝えたいことを伝える。それが一番。
「オレ、真ちゃんに話したいことまだ沢山あるよ。いざ話そうとしてもろくに言葉が纏まらないけど」
何を伝えれば良いのか。考えていたけれど無意味だった。いざ会ったら、伝えなければいけないと思っていたことさえ遠回りすることになって。何やってるんだろうと自分自身で思った。
言いたいこと、伝えたいこと、数えきれないほどの言の葉。一つずつ全部伝えるなんて時間が無限になければ出来っこない。それならどうするか。そんなの決まっている。何より言葉にしなくてもお互い通じるものがあるのだ。
だから、今、これだけははっきり伝える。
「お前の相棒で良かった」
あの日助けて貰ったお礼も言葉にしていない。一緒に居られて楽しかったと伝えきれていない。幼き頃、毎日のように顔を合わせて遊んだ日々。桜咲く季節に出会い、ひたすらにボールを追い掛けながら笑って泣いて苦楽を共にした日々。思い出は数えきれないほどに記憶の中に残っている。
ありがとう、ごめんなさい。この二つは幾らだって言える。少なくとも両手では足りないくらいに。
赤の他人から知人になって、親しい仲になり。ただのクラスメイトでチームメイトが相棒で親友になって。
くだらないことばかり話していたけれど、それも色鮮やかな日常の一コマ。片や不器用であまり言葉にすることもなかったけれど、それでも二人の気持ちは確かに通じ合っていた。
数歩分の距離を一歩、また一歩と詰める。一メートルにも満たない距離。
見上げた瞳は優しく微笑みを浮かべた。
『さよなら』
一粒の雫が零れ落ちた。
二人の距離がゼロになると、淡い光と共に全ては夢の中へと消えていった。
← →