【二人の少年 一人の少女】
学校が終わる頃、朝は曇りだったのがとうとう雨になっていた。傘を持ってきている人もいれば、忘れてきた人もいるようだ。走って帰る人や一緒の傘に入れてもらっている人もいる。
昨日からナルトとサスケの関係は変わっていない。二人共、直接表に出していない為に周りは特に気にしている様子もない。普段通りといってもおかしくないほどなのだ。だから気にする人は誰もいなかった。ナルトとサスケのことを知るシカマルと、もう一人の人物を除いては。
傘を忘れた人の中にナルトも入っていた。雨宿りをしていこうとか考えるわけもなく帰ることにする。空を一度見上げ、行くかと思って屋根から出た時だった。
「ナルト」
少女の声がナルトを止めた。振り返ってみれば、そこには同じクラスのサクラが立っていた。
「どうしたんだってばよ、サクラちゃん?」
雨が降っている中で立ち止まりながら尋ねる。ナルトの表情はいつもと変わらない。サクラは何かを言おうかどうかまだ戸惑いがあるようで僅かに視線を逸らしていた。
だが、少し経つと心を決めたようで視線をナルトへと向ける。
「サスケ君と、何かあった……?」
いきなりサスケの名前を出されて心臓がドクンと鳴った。どうしてそんなことを聞くのだろうと疑問に思った。クラスではいつもと同じようにしていたはずだ。周りにも変だと思われていなかったと思う。いつもと変わらない態度で接していたのだから。
それなのにどうしてサクラはサスケのことを聞くのか。そういえば、サクラはサスケが好きだと言っていた。だから気付いたというのだろうか。答えは見つからないまま。だけど、答えを返さなければいけない。
「別に何もないけど。何で?」
クラスでも何もないようにしていた。だから今も同じようにする。
すると、サクラは「そう……」とだけ呟いた。また視線がナルトから外される。何を考えているのか全く分からなかった。ただ、まだ何か言いたいことがあることだけが分かった。
「ねぇ、ナルト。本当に、本当に何もなかったの?」
どこか不安そうな表情でサクラは尋ねてくる。声の感じもいつもと違う。ナルトとサスケのことを本気で心配しているようだ。揺れる瞳が、本当のことを教えて欲しいと訴えている。何も隠さないで欲しいと。
だけど、ナルトは言葉を変えたりしなかった。サクラに背を向けながら話す。
「何もねぇってばよ。サクラちゃんが心配しすぎなんだってばよ」
どうあっても態度を変えないかのように話す。何もないというのは嘘だが、心配しすぎだというのは本当だ。これはナルトとサスケの問題であってサクラには関係がないことなのだ。そんなに心配そうにする必要などないのだ。
ナルトの言葉を聞いて、サクラも教えるつもりはないのだと悟った。実際に何があったかは知らない。二人の様子も特に変わったところがないから気のせいかもしれないとも思った。だけど、やっぱり気のせいではない気がしたからこうしてナルトと話に来たのだ。そこでサクラは自分が思っていたことは正しかったのだと確信した。確信したからこそ、諦めたりはしなかった。
「私は、アンタに酷いことも言った。だけど、アンタが嫌いってわけじゃないのよ。だから気になるの」
酷いことというのはナルトがサクラに告白をした時のことを言っているのだろう。どうせ振られるなら思いっきりの方がいいとかも言うが、あれは思いっきりを飛び越えていたような感じだった。ウザイ、とまで言ったもののそれは嫌いという意味ではない。恋愛対象として好きではないから断わっただけのことだ。
「それはさ、サクラちゃんがサスケのこと。好きだからだろ?」
好きな相手が関わっているからこんなにも聞いてくる。そうなのだろうと思ってナルトは口にした。しかし、サクラは首を横に振る。
「ううん。確かにサスケ君のことは好き。でも、今はナルトとサスケ君のクラスメイト……友達だから聞いてるの。友達が心配するのは普通でしょ?」
その言葉を否定するものはない。サクラが言っているのは全くその通りだったからだ。友達の心配をするのは間違っていない。そのサクラの気持ちも、言いたいこともナルトには分かっている。分かっていて、これ以上言い通すことは出来なかった。
「……何で、分かったんだってばよ」
「見てればすぐに分かったわ。二人共、なんか変だったから」
「そんなに分かりやすかった? 気付かれてねぇと思ったんだけどな」
あの後、昼休みが終わって教室に戻った時は少しだけ違った雰囲気だった。けど、それは少しのことですぐにいつものように戻っていた。ナルトもサスケも同じクラスだが、変に思われるのも面倒だと思い普段通りにしていた。元々、特に気にするようなこともないといえばないのかもしれないが。ただ、二人の間に出来たものはそのままだったが他はいつも通りにしていたのだ。
いつも通りにしていたはずなのにサクラには気付かれた。サクラだけでなくシカマルも気付いている。二人のことを知っているからこそ、少しの変化に気付いたのだ。
「……本当はさ、ただ友達になりたかっただけなんだってばよ。けど、アイツはオレとは全然違う考え方で。オレは、アイツの言うことが間違ってるって思った」
間違っていると思ったけど、それはナルトの意見だと言われ否定された。それが許せなくて一発やっちまったとサクラに話す。サクラの方を見ようとせずに背を向けたままの姿が、何だかいつもより小さく見える。
「こんなんじゃダメだって思っても、アイツの言葉は許せなくて」
いつもの強い態度はどこにいったのだ。今のナルトはそう思ってしまうほどだ。いくら友達になりたいと思った相手でも、そのことを否定されてしまえば簡単になれるものではない。それを取り消してもらわなければ許したりすることも出来ない。目に見えない壁は、二人の間に大きく立てられている。最初に会った時よりも厚く大きな壁になっている。
そんなナルトを見ていられなくなったのか、いつもと違う彼に叫ぶように言う。
「アンタは、本当にそれでいいの!? いつものアンタなら前向きにぶつかっていくでしょ!!」
どんなことがあっても前向きに。何が立ちはだかろうが必ずその道を通る。それがうずまきナルトだ。それなのに、こんな一つの壁にぶつかってそのままでいいというのか。この壁は見ないことにするというのだろうか。それはナルトらしくないと少女は訴える。
背中越しに聞こえた声は心に響くようなもの。見ようとしなかったものをしっかり見せられているような感じがする。姿は見えないけど、こんなにも訴える少女がどんな表情をしているのかは予想がついた。
「本当にこのままでいいって言うの……? それこそ間違ってるわよ……」
段々弱くなっていく声。泣いてしまったのではないかと思ってしまう。それでも、振り向かずにナルトは話した。
「間違ってる、か……。そうかもしれねぇな。オレは逃げてるだけだ」
地面に向けられていた視線を空へと向けながら思ったことをそのまま言葉にしていく。後ろの少女に伝える為に。自分に言い聞かせるかのように。
彼女の言葉と振ってくる雨に気持ちが洗われるようだ。一度目を閉じてまた開くと、さっきまでとは違ういつものような瞳に戻っていた。
「オレは、ちゃんと前に進む。だから安心してくれってばよ、サクラちゃん」
最後まで言い切るってナルトは雨の中を歩いて行く。一度止まってしまった時計が、また少しずつ時を刻み始めた。
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