あの日。サスケは大蛇丸と再会した。まだ木ノ葉が忍の里として栄えていた頃、サスケが里を抜けてまで力を求めた存在。あれからもう何十年という月日が経っている。
 けれど、大蛇丸は転生を続けて今も尚この世に存在していた。一体何が目的なのか。もう二度も木ノ葉を襲撃している。また木ノ葉を狙ってくる可能性も十分にある。しかし、結局その答えははっきりしないまま。



 




 サスケが大蛇丸と再会してから一週間が経った。あの日以来、大蛇丸とは会っていない。けれどあの時の大蛇丸の言葉が今もサスケの頭に引っかかっていた。
 奴は何を考えているのか。それを幾ら考えてみても、サスケはその答えを見つけることが出来ないでいた。今は、という言葉の真相とは一体……。


「……サスケ、サスケってば!!」


 大声で呼ばれてはっとする。それほど考えに没頭していたのかと気付かされる。とりあえずナルトには「何だ」とだけ返したが、眉間に皺を寄せて「さっきからずっと呼んでたんだってばよ」と言われてしまう。
 そんなに呼ばれていたのに気付かなかった自分にサスケは呆れる。忍がこんなのでいいのかと思ってしまうが、その身体を持っていないサスケは忍であって忍ではない。とはいえ、サスケ自身が忍であることは変わりないのだからしっかりしないといけないかと思う。


「なぁ、何かあったのか? 最近のお前、なんか変だってばよ」


 ナルトの言葉にサスケは内心で驚く。まさかナルトにも気付かれていたとは。
 けれど、考えてみれば毎日一緒に過ごしているのだからそこまでおかしなことでもない。しかも相手はあのナルトだ。人の感情に敏感なナルトがその変化に気付かない方が不思議だ。
 気付かれているのなら、ここであえて隠そうとしても意味はないだろう。どうせ嘘を吐いてもすぐにバレてしまう。


「別にない。この間、昔の知り合いにあっただけだ」

「それはあるって言うんだってばよ」


 隠しても無駄だと分かっているサスケは諦めてそう話した。あまり詳しいことまで言うつもりはないが、少しくらいなら話しても問題ないだろう。他の誰かに分かってしまうようなことでもない。


「けどさ、昔の知り合いってどういうことだってばよ。忍者は何十年も昔にいなくなったはずだろ?」


 ナルトの疑問は正しい。木ノ葉で忍が栄えていたのは昔の話。忍は数十年も前にいなくなっているはずなのだ。だからサスケが昔の知り合いに会うなんて有り得ない。
 大体、サスケがその身体を失ったのも昔のこと。そんなサスケの知り合いが今も生きているとは考え辛い。というより考えられない。それに身体を失ったサスケを見えるのはナルトだけのはずなのに。


「奴は転生術という禁術を使うことが出来た。その術を使って未だに生きていたらしい」


 サスケ自身、まさかと思った。いくら転生術を使っていたとしても、この現代にまで生きているなんて思いもしなかった。
 そんなことをしてまでこの時代を生きる意味はあるのか。分からないけれど、ここまで生き延びたのには何か理由があるはず。
 そうサスケが考えている横で、ナルトは彼の言葉を聞きながら頭の中の記憶を探っていた。そして何かに気付いたのか「あ!」と唐突に声を上げる。


「転生術って、サスケがオレと会った時に話してたヤツか!?」


 思い出したというようにナルトはそう言った。サスケと初めて会った時、話の中に転生術という言葉があったはずだ。だからサスケの身体はないのだと。
 正直、それを聞いてサスケは失敗したと思った。適当に話せば納得するだろうと考えていたのだが、まさかナルトがそんなことを覚えていたとは。だが言ってしまったものは仕方がない。ソイツのことだとサスケが頷く。


「ソイツがサスケの身体を奪って約束破ったんだよな? んでもって今もソイツは生きてて、この前サスケは会ったのか」

「そういうことになるな」


 ナルトなりに整理して並べられたそれにサスケは肯定を返す。普段は授業さえ聞いていないも同然だというのにどうしてこういうことだけは覚えているのだろうか。その記憶力は授業にも使うべきではないかと思う。
 けど、今はそういう問題ではない。このまま全てを話すわけにはいかないだろう。いくら相手がナルトでも相手はあの大蛇丸。これはサスケの問題だ。奴が目的の為に動き始めれば、いずれはもっと大きな問題になってしまうかもしれないがそんなことをさせるつもりはない。だからナルトを巻き込みたくないというのがサスケの気持ちだ。


「もう良いだろ。話は終わりだ」

「は? まだ話の途中だろ」

「お前には関係ないことだ」


 言えば「関係なくねぇってばよ!」と凄い勢いで反論された。だって、相手はサスケにとって敵というかそういう相手なのだろう。目の前で友達が悩んでいるのに放っておくなんて出来ない。大切な人が何かを抱えているのを黙って見ているなんて、そんなのはナルトが嫌だった。
 サスケが言わないということは、それなりの理由があるのだろう。だからサスケは話を終わらせようとする。分かっている。口が悪くても本当はサスケは優しいということを知っている。優しいから、それに関わらないようにしているということにも気付いている。気付いていても知りたいのは、サスケが大切だから。


「関係ねぇんだよ! お前は忍じゃない。この話はさっさと忘れろ」


 本当は、サスケもナルトの気持ちに気付いている。だけどこれだけは教えられない。関わってはいけない世界なのだ。
 今は、忍なんていうものは存在しない。必要がないから存在しないのだ。当然ナルトも忍ではない。木ノ葉の中学校に通う普通の学生だ。  忍の世界はこの世界とは違いすぎる。忍は国の為の道具であるようなもの。戦闘だって度々ある。平和なこの世界とは全く違うのだ。


「一人で考えたってどうしようもねぇだろ!? 確かにオレは忍じゃねぇ。でも、お前のことは大切な友達だと思ってるってばよ!!」

「いい加減にしろ! 何で分からねぇんだよ、このウスラトンカチ!!」


 お互い、相手の気持ちは分かっている。それでもここで引くことは出来ない。教えることも出来ない。二人の気持ちは入れ違いになってしまっている。いくら相手の気持ちが分かっていても出来ないことがあるのだ。出来ないと分かっていてもどうにかしたいと思ってしまうのだ。
 二人共が譲らずに自分の意見を言い合う。譲らないのではなく譲れない。平行線のまま言い争いを続けていると、突然大きな気配が現れた。その気配にサスケはすぐに気が付いた。そして、その気配が大蛇丸のものだということも。


「サスケ?」


 急に止まったサスケにナルトは疑問を浮かべる。忍であるサスケはその気配に気付けても、忍ではないナルトは気付くことが出来ない。だからどうして急に話を中断したのか分からなかった。

 数秒ほど時間が流れただろうか。サスケは「急用が出来た」とだけ言って家を飛び出した。
 唐突なその行動に後ろで「あ、おい!」と声を掛けるが、そういえば前にもこんなことがあったとナルトは思い出す。あの時はただ先に帰るようにと言われた。気になったけれど言われたままに帰ったあの日。その日、サスケが帰ってきた時から様子が変だったのだ。

 それを思い出したナルトもサスケを追い掛けて家を出る。多分、さっきの話にも関係あるのだろう。追い掛けてどうするかは考えていない。でも今は、とにかくサスケのことが知りたかった。だからナルトはひたすらに足を動かす。



□ □ □



 家を飛び出したサスケは、慰霊碑のあるあの場所へと来ていた。ナルトとサスケが出会った場所であり、一週間ほど前に大蛇丸が現れた場所。


「大蛇丸、アンタが此処にいるのは分かってる! さっさと出て来い!」


 そう叫べば、大蛇丸はすぐにサスケの前へと姿を現した。まるで一週間前と同じように。二人は一定の距離を取ったまま対峙する。


「相変わらずのようね、サスケ君」

「アンタは一体何を考えてる。今度は何をしようとしてるんだ」

「また同じ質問ね。一度は捨てた里だというのに何故そこまでしようとするのかしら」


 質問に答えずに別の質問を投げかける。その問いにサスケは言葉に詰まる。
 大蛇丸の言う通り。サスケは一度この木ノ葉を抜け、里を捨てた。それで大蛇丸の元へ行ったのだ。仲間は止めようとした。言葉だけでなく力づくでも連れ戻そうとサスケを追った。けど、その思いは届かないままサスケは復讐のために大蛇丸の元へ行ってしまった。復讐する力を得る為。兄への復讐の思いが力を求め、里を捨て、大蛇丸の元へ行って今に至る。

 力を求めて里も仲間も捨てた。大切だった仲間に自分の育った里。だけど、それ以上にサスケの復讐への思いが大きかった。だから里を捨てた。
 それなのに、今更どうしてそこまでするのか。人の心の奥底を突いた質問というものだろう。


「それは…………」


 答えようとしても答えられない。答えることが出来ないのだ。イタチへの復讐の為だけに力を求め、一度は捨ててしまったものだから。
 本当は、里を抜けるのも迷っていた。だけど、そうしなければイタチへ復讐をすることが出来ないと分かっていた。大切な仲間が出来て、その仲間と一緒にやっていくのも悪くないと思った。この里でやっていくもの悪くないと。
 しかし、サスケが最後に選んだのは復讐。その為に里を抜けるということを決めた。己が生きているのは、兄であるイタチを殺す為。その目的を果たす為なら、と里を捨てて抜け忍となった。
 そんな自分が大蛇丸の問い答えられるわけがなかった。理由がどうであれ、この里を一度捨てたことに変わりはないのだから。


「まぁ、アナタは復讐のために里を抜けたのよね。別に木ノ葉を嫌っていたわけではなかったから、ってとこかしら。それに加えて、あの子がいるからでしょ?」


 大蛇丸の言った言葉の意味を理解するのにサスケは少々時間がかかった。けれど、大蛇丸の目線がそれに向いていることに気付いて漸く理解する。それが誰のことを指しているのか。


「ナルト……!?」


 そこには、ついさっきまで一緒に居たナルトの姿があった。どうやらサスケを追って此処まで来たらしい。立ち止まったままの蒼い瞳はサスケの姿を捉える。勿論、その隣にいる男の姿も。そして、コイツがサスケの話していた大蛇丸だということにも気が付いた。
 どうしてナルトが此処に居るのか、という疑問は考えるまでもない。自分を追ってきたからに決まっている。なぜ追い掛けて来たんだ。そう言いたかったが、今はそんなことをしている場合ではない。


「テメェ、何で来たんだ! とにかく今は此処から離れろ!」


 サスケは声を張り上げるが、それでもナルトは動こうとしない。どうして自分を追ってきたのか、ここに居てはいけないのに離れてくれないのだろうか。疑問が生まれるのと同時に焦りが生まれる。このままではいけないということを忍という本能が知らせている。


「別に良いじゃないの。アナタがそう言っても動こうとしないってことは、ここに居たいんでしょう?」


 大蛇丸の言うことは正しい。ナルトが動こうとしないのはこの場所に居たいからだ。サスケが教えなかったのはどういうことなのか知りたいから。
 それが分かっているからサスケは後悔している。この場所にナルトが来てしまうくらいならもっと話してやればよかったと。今更遅いけれど。
 そう考えていたところで大蛇丸は「それに」と言葉を続ける。


「もし何かあってもアナタが居るんだからね。問題ないんじゃないかしら」


 まるで楽しんでいるかのように話す大蛇丸。確かにサスケが居れば問題はない。実力もある忍だ。大蛇丸相手にどこまで戦えるかは分からないが、全く何も出来ないというわけではない。
 けど、それはサスケに肉体という身体があったらの話だ。今のサスケにはそれがない。だからナルトを守ることは不可能。守ってやりたいといくら思っても身体がなければどうすることも出来ない。


「大蛇丸……いい加減お前の目的を話せ」


 ナルトを心配する気持ちや焦る気持ちを抑えながら目の前の男に問う。この感情を知られるわけにはいかない。気付かれたらすぐにでもナルトに攻撃を加える可能性がある。
 どうにか気持ちを抑えながら、サスケは一週間前に会った時と同じ質問を繰り返す。サスケはそれが一番知りたいのだ。


「そこまで言うなら話してあげるわ。私はこの世の全てを手に入れたいの。前にもサスケ君に話したことがあったでしょ? 忍が居なくなってこの里はまた平和ボケしてるのよ」

「アンタ、まさか……また木ノ葉崩しをしようとしてるのか…………!?」

「崩しがいがあるものよ。止まっているものを見ていてもつまらないでしょう?」


 それに、探したいモノもあるからね……。
 最後の言葉はかろうじてサスケにも聞こえた。だが、その意味までは分からなかった。それよりも今は木ノ葉崩しをしようとしているということの方が頭を占める。まさか本当に、この現代で再びあの出来事を繰り返すつもりだったとは。大蛇丸の発言にサスケは驚いていた。

 止まっているものを見ていてもつまらない。動いているものを見るのは面白い。だからといってあれほどのことをするというのか。忍の居なくなった平和な世界で、またあんな光景を繰り返すというのか。


「本気で、木ノ葉崩しをするつもりなのか……?」

「本気に決まってるでしょ。だけどサスケ君、アナタには私を止められないわよ。いくら実力はあっても、肉体という身体がなければ意味がないものね」


 この世界で戦えることが出来るのはサスケくらいだろう。けれど、それが出来ない事実に悔しくなる。肉体を失い、精神だけで生きていくのは辛かった。どうして精神だけ存在してしまうのだろうかと何度も思った。
 けれど、ナルトと会ってからはその辛さが少しなくなった。ナルトと一緒に居られるのなら、それも良いと思えた。

 しかし結局は肉体という身体がなければ自分は無力でしかない。ナルトを、大切な人を守ることさえ出来ない。里を守ることも、大蛇丸を止めることが出来ない。
 身体がなければ、どれほどの思いがあっても何も出来ないのだ。今更のことだが、大蛇丸に自分の身体を与えなければ、里を抜けたり復讐の為だけに生きなければ。こんなことにはならなかったのではないかとさえ思う。それでも過去は変えられないけれど。それが余計に苦しい。


「アナタは見ていることしか出来ないのよ。こんな風にしても、ね」


 言い終えるとほぼ同時に大蛇丸は片手にクナイを持ち、それをナルトの方へと投げた。クナイは、一直線にナルトへ向かって飛んでいく。


「ナルトッ!!」


 今の時代では使われていない、使われることのないクナイ。昔、忍が忍具として持っていたものの一つだ。殺傷力は高くないものの携帯性に優れ、あらゆる場面に応用できる武器。攻撃にも防御にも使うことが出来る。当たっても死ぬことはない。
 とはいっても、ナルトはこの時代を生きている一般の人間。忍ではない。致命傷に当たったらどうなるか分からない。クナイの飛ぶスピードは、この時代の遊びやスポーツでボールを投げたりするよりも早い。綺麗に避けるのは無理でも、避けなければ命が危ない。

 その光景を見ながら、サスケはただナルトの名前を呼ぶことしか出来ない。助けたくても助けられない。
 一方で、ナルトも自分の方へ向かってくるクナイをただ見ることしか出来なかった。