オレだって、最初からこんな考え方はしていなかった。否、根本的なものは何も変わっていないと思うけど。でも、いつからか決まった道に沿って進むことが当たり前になって、嬉しい筈なのに嬉しいと思えなくなっていた。初めての時はあんなの楽しかった旅路が、いつしかそう感じられなくなっていた。楽しいには楽しいのに、どうせこうなるんだって分かってしまっているから。
もうこの人生に慣れてしまったんだろう。慣れる程繰り返しているんだと思いながらも、オレにはどうしようも出来ないこと。それがオレの現状だった。
変わらないもの、変わるもの 3
またポケモンじいさんの所に行くのか。あれだろ、ポケモンのタマゴ。何も知らないふりして行くけどさ。それでタマゴを受け取って、ヨシノシティ。ワカバで見掛けたアイツと初めてのバトル。どんな戦い方をしたって、結末は同じ。
「世界で一番強いトレーナー、ね」
シロガネやまに居たチャンピオンは言ってたっけ。チャンピオンになって嬉しかったけど、いつしか楽しい筈のバトルが楽しめなくなったって。でも、時々やってくるライバルとは白熱した戦いが出来るし、オレのようなトレーナーに出会えて嬉しいかったと。
強くなりたいと思っていた筈なのに、そんな風になってしまうなんて世の中は不思議なものだ。でも、オレもジョウトとカントーのバッチをゲットしてリーグも制覇したから分かる。自分より強い人や自分と対等に戦える人が少なくなってくる。旅を始めた頃なんて、誰もが強くて必死になって頑張っていたというのに。
「強くなるのが良いことなのかすら分からなくなるな」
それでもやっぱり強くなりたいから、コイツ等と一緒に頑張るけど。目指すなら上を目指したいから。
世界で一番強いトレーナーはきっとレッドさんだ。次いで元チャンピオンであり現トキワジムリーダーのグリーンさん。そんな人達にオレはいずれ挑戦しに行くんだろう。そんなオレのライバルは、さっき戦ったアイツ。
「ポケモンに優しくとか言っている奴にオレは負けない」
「だけど、これが現実だぜ?」
「強いポケモンなら勝てる。コイツ等が弱かっただけだ」
マダツボミのとうで再会し、ヒワダタウンで再びバトルをした。何度目かの会話を繰り広げて、そのまま別れた。オレはポケモンをボールに戻すと、ポケモンセンターで回復させる。次はウバメの森を抜けてコガネシティに行って、そこでジム戦だ。
「強いとか弱いじゃないって、気付くのはまだ先かな」
それからコガネ、エンジュ、タンバと次々にジムバッチを手に入れていく。チョウジタウンでチャンピオンのワタルさんとロケット団のアジトに潜入して、ジムの挑戦を終えたらラジオとうが占拠されたっていう話を聞いて事件を解決しに行って。
オレがリーグに挑戦するまでに何度もアイツとバトルした。チャンピオンになってカントーを巡ってからも時々会ってはバトルをして。その頃にはポケモンのことをちゃんと考えるトレーナーになっていた。
「今日も修行?」
りゅうのあなに行ってみれば、見知ったアイツに会う。この場所で修行をしているってことは随分前から知っている。声を掛けると明らかに嫌そうな顔をされた。何もそんな顔をしなくても良いだろう。別に邪魔しに来たわけじゃないんだから。
「何の用だ」
「別に。どうしてるかなと思って」
見れば分かるだろう、って確かにそうなんだけど。何かないと来ちゃいけないなんて決まりがある訳ではないだろ。言えば今度はポケモン達に向き直って修行を再開させた。オレのことはもう無視か。まぁ、何度も何度も修行中に訪ねて来てるからな。バトルをするつもりじゃないってことも分かっているんだろう。あっちに行けと邪険にされる訳でもないんだから良いか。一段落つくまで待つことにする。
暫くして一度休憩をするらしい様子に、近くまで歩いて行く。鞄から一つペットボトルを取り出して差し出せば、素直に受け取る。オレ達の関係も随分と変わったものだ。
「熱心だよな」
「お前の方が熱心だろ」
「そうか? シルバーもコイツ等と頑張ってんじゃん」
こんな風に努力していることをオレは知っている。毎週決まった曜日にこの場所で修行をしている。他の日だってポケモン達の為に尽くしていることも知ってる。ある時にはオレとバトルして、それでまた強くなる為に頑張ってるんだ。最強のトレーナーを目指して。
そんなシルバーがどんどん強くなっているのは、傍で見ていたオレが一番分かっている。旅を始めた頃から何だかんだで競い合って、今でも度々バトルをして。オレもコイツに負けないようにって高みを目指してる。
「たまには休憩とかしねーの?」
「今しているだろ」
ああそうだな。いや、そうじゃなくて。今休憩していることぐらいオレだって分かってるよ。だからこうしてお前と話してるんだし。
どこかに出掛けたりとかそういう意味だと伝えれば、特に行きたい場所はないなんて返ってくる。考えてみればコイツはそう答えるよな。でも、たまには息抜きとかも必要だと思うんだけどな。勿論、必要ないって答えられるんだけどさ。人が気にしてるっつーのに、コイツは相変わらずだよな。あ、多分シルバーも同じようなこと考えてるのか。いいと言っているのにしつこく話すオレに対して。ならどっちもどっちか。
「どこかに付き合って欲しいなら考えてやる」
次に出てきた言葉に、ぽかんとした。だって、シルバーがそんなことを言い出すと思わなかったから。そんなオレに「何もないなら余計なことを言うな」と続けられて、慌てて否定する。別段何かある訳じゃないけど、こんなことは滅多にないから。そう言ってくれるならどこかに付き合って貰うのも良いだろう。
「じゃぁ、今度の日曜にコガネに行こうぜ」
「何でまたコガネなんだ」
「ちょっと買いたいものがあって。ジョウトならコガネが一番だろ?」
ジョウト地方の都会といえばコガネだ。デパートもあって品揃えが多いから、結構便利なんだよな。近いうちに買いに出掛けようと思っていたから丁度良い。品揃えの点はシルバーも納得してくれたらしく、了承の返事が来た。それから集合時間と場所を適当に決める。
こうやって出掛けるのは久し振りだ。まずシルバーと一緒に出掛けるなんてことが滅多にない。大抵バトルするか、こんな風に少し話すかだからな。本当、初めの頃からは考えられない。
「ゴールド?」
その声で意識が引き戻される。銀色がじっとこちらを見ていて、思わず「何でもねーよ」と顔を逸らした。暫くは視線がずっと固定されていたけれど、オレの様子に溜め息を吐いてポケモン達の元に行く。深いことを追求しないでくれて助かった。余計なことを言っても仕方ないからな。でも、これは修行を再開するっていうことでもある。もう少し居たかったけれど、あんまり居ても怒られるからな。
「シルバー、日曜のこと忘れんなよ!」
「分かったから、さっさと行け」
言われなくても行こうとしてる所だよ。りゅうのあなを出て、腰のボールから飛行ポケモンを出す。今日は特に何かある訳でもないし家に帰るか。だから此処に来てたんだけどな。此処に来ればアイツが居るのは分かってたから。
「なんか慣れねーな……」
この繰り返される世界にも大分慣れた方だ。慣れたっていうより、どう過ごしていけば良いのかっていうのが分かったという方が正しいかもしれないけど。例えば、博士に図鑑を貰う時にどんな反応をすれば良いのか、とか。そういうことはもうかなり前に身につけている。
でも、なぜかアイツの前では上手くいかない。他の人達と同じようにしている筈なのに、抑えられていた感情もアイツ相手では表に出てくる。感情なんて制御出来るものでもないからオレが意図的にやっている訳じゃないけど、楽しくても心から楽しむことが出来なくなったのはいつだったかなんてもう忘れた。
「どうしてシルバー相手だと上手くいかねーんだろ」
そんなのオレ以外の誰も分かる訳がないけど、生憎オレ自身にも分からないんだから困ったものだ。それはやっぱりライバルであるアイツがオレにとって特別だからなんだろうか。
ジムリーダーや博士、母さんとは毎回同じように関わっている。シルバーも同じく。でも、他はそこにあるシナリオに綺麗に沿っているのにシルバーだけはちょっと違和感を覚えることがある。それはいつもではなくて、極偶にだけど。
「オレがそういうことを探しちまうから、そう感じるだけなのか……?」
毎度変わることない物語の中で、当然だけど全てがまるっきり一緒ではない。オレが選ぶ行動によっては変動する。といっても、そんなのはほんの少しでその本筋はぶれることない。もう分かり切っていることだけれど、それでもオレは時々変わらないのかと行動を起こしたりする。理解していたってそう何度も繰り返して平気でいられる程オレは出来た人間じゃない。
まぁ、この現状からしても分かる通り何にも変わらず繰り返すことしかしてないんだけどな。抗っても変わらないと知っていても、何もしないよりはマシだと思うから。だから、周りの様子も変わらないのかと探してしまう。こんな風に探しているからシルバーのちょっとした違和感が気になるのかもしれない。
「最終的には同じなんだもんな。ただの気のせい、なのかもな」
気のせいなんかではないと思いたくても、結果的に繰り返しているから気のせいなんだろうと思ってしまう。だって、いくら妙な感じがしたって出会いも何も同じなんだ。気にしすぎでそう感じているだけなんだろう。
「…………疲れる」
ポツリと出る本音。ぶっちゃけ疲れない日なんてないけど。希望なんて見つからない。こういう世界なんだと割り切って過ごすしかない。それでも、精神的にくるものはどうしようもないだろう。心配そうな声を上げた相棒に、大丈夫だと言って撫でる。
次はいつだろう。多分そう遠くない未来だろうな。
声に出さずに頭の中で自問自答する。新しいのか古いのか、もう考えることも億劫で。家に着くなりベットに潜り込んだ。
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