一日にも満たない時間の出来事だったけど、それはオレにとってはとても貴重で大切な時間だった。いつからか失ってしまっていたものをまた思い出すことが出来た。別の世界の自分に会うことが出来て、オレは一人で抱え続けてきたものが軽くなった気がする。
 また目を覚ませば、元の世界に戻って一からやり直しだ。たとえ誰も記憶がなくなっていても、アイツはオレのことを知っていてくれる。もうオレ一人だけじゃないんだ。




の 5





 修理に出していたポケギアが直って、ウツギ博士に呼ばれて。いつもと同じようにポケモンを選んで、博士の助手に傷薬を貰った。分かっていたけど、やっぱりこういう流れになるんだよななんて思いながら普通を装って会話をする。
 ポケモンのタマゴを受け取った帰り道。そろそろ来る頃だと思っていた所にオレのライバル、といっても初対面ってことになってるんだけどな。まぁソイツに会って、ポケモンバトルを挑まれる。結果はオレの勝ち。


「じゃぁ、オレは行くから」


 話が終わったところでそう言って先に進む。このタマゴを博士に届けなくちゃいけないからな。まだコイツと一緒に居て話をするのも良いけど、そういう訳にもいかないし。それに、いずれコイツとは何度でも会えるからな。
 足を進め出すと、急に腕を掴まれる。誰にって、今はオレとコイツしか居ないから必然的にコイツに。どうしてそんな行動を取るのか、オレにはさっぱり分からない。だって、オレには言いたいことがあっても、コイツには記憶なんて何も残っていないんだから。


「何」


 たった一言そう尋ねた。初対面のコイツがオレを引き留めてまで言いたいことって何なんだ。この時点ではライバルって言えるような関係でもない。そもそも、コイツはオレのことをずっと弱いって言ってるくらいだ。認められるのはまだまだ先。そんな奴がオレに言いたいことなんて全く分からない。その答えを知るべく、次の言葉を待つ。


「お前、大丈夫なのか?」


 一体何のことを言いたいんだ。大丈夫も何も、それは何に対して言われているのか分からないから答えることも出来ない。だけど何も答えない訳にもいかないし、特に何かある訳でもないから「大丈夫だけど」と返答しておく。
 すると眉間に皺を寄せられて、オレはますます意味が分からなくなる。初対面の奴に何を言いたいんだ。まずコイツが初対面の相手にこんなことを言うこと自体が不思議だけど。


「オレはこれからワカバに戻らなくちゃいけないんだけど」

「急用じゃないだろ」

「そりゃいつまでに戻ってこいなんて言われてねーけど、早く戻るに越したことはねーだろ」

「こっちは急用だ。そっちは後にしろ」


 後にしろってな……。まぁ、多少ここでコイツと話していたところで博士に怒られたりはしないだろうけどさ。何の用かは知らないけど、オレに用があるっていうなら話くらい聞く。


「分かった。んで、オレに何の用だよ」

「お前、ゴールドだろ?」

「あー……言ってなかったっけ? オレはゴールドだけど」


 自己紹介なんていつもいつしてたっけ。大体、コイツあんまり人の名前呼ばないからな。お前とかそんなんばっか。オレも人のこと言えるような立場でもないけど。でも、オレはそれなりに名前で呼んでると思うぜ。少なくともコイツよりは確実に。
 次いで「本物か?」なんて言ってきたから「オレが偽物面して何の意味があるんだよ」と言っておいた。オレはオレ以外の何者でもない。っつーか、何でこんな話になってるんだよ。
 何で? コイツはオレに何を聞こうとしてる……?


「おい、シルバー」

「タマゴなら後にしろ」

「後にするけど、そうじゃなくて」


 この違和感はなんなんだ。ってか、何でタマゴのこと知ってるんだよ。否、そんなことはコイツに対して今更か。でも、これが普通でないことは確かだ。こんなこと、今まで一度だって。そりゃぁいつも完璧に同じじゃないけど、それにしたってこれは……。
 そういえば、コイツだけは今まで何度繰り返しても慣れなかった。時々違和感があったり、他の奴相手なら上手く振る舞えるのにコイツにだけは難しかったりもした。それは気のせいなんだろうって思っていた。オレがないと分かっている違いを探してしまうから、考え過ぎなんだと。でも、これは。


「シルバー、何か隠してる?」

「隠しているのはお前だ」


 オレは何も隠してねーよ。隠してるのがオレってどういう意味だ。それに、何を隠してると思ってるんだよ。そのまま答えるが、シルバーは隠していると言って聞いてくれない。
 オレにどうしろって言うんだ。真剣に見詰めてくる銀色から目が逸らせない。だけど、オレにはその答えが見つからない。


「お前はオレが何を隠していると思っているんだ」

「何って……分からねーけど…………」

「オレはなぜお前が本心を隠して表面上のやり取りをしているのか聞きたい」

「なっ……何言ってんだよ! 誰がいつそんなことをしたって言うんだよ!」

「お前以外に居ないだろ。尤も、オレの前ではそうでないこともあるようだが」


 何で、そんなこと言うんだよ。お前はオレの何を見てそんなことを思ったんだよ。だって初対面だぜ。ワカバで少し見掛けたけど、たったそれだけで話したのはこれが初めて。そんな奴にオレの何が分かるっていうんだ。オレの何が……分かるのか、コイツに。シルバーに。
 そんな筈はない。期待はするだけ無駄だって分かり切ってるだろ。自分に言い聞かせるのは何度目だろう。それはいつも、シルバー相手の時で。


「シルバー……、シルバーなのか…………?」

「オレが嘘をついて何になる」


 数分前、本物なのかと尋ねたシルバーにオレが答えたのと同じ意味の言葉。つまり肯定。シルバーは、シルバーで。それ以外の何者でもない。
 そう。たとえ記憶がなくても、オレにとってのシルバーはコイツだけだって思ってた。シルバーはシルバーなんだって。だけど、そうじゃないんだ。シルバーは、オレの知っている大切な人は、ちゃんとその人だったんだ。


「シルバー……!!」


 ぎゅっと抱きついたオレを、シルバーは優しく抱きしめてくれた。この温かさは偽りのないもの。新しいものでも、古いものでもない。ずっと、ずっと探していた大切な人のもの。本当に欲しかったもの。オレが求め続けていたものなんだ。


「相変わらず小さいな」

「誰が! オレだってこれから伸びるんだよ!!」

「それでも、オレより小さいだろうけどな」


 何でだよ、と言いたかったけれど言葉を飲み込んだ。自分の声が上ずっていることぐらい分かっている。シルバーもおそらく気付いてる。
 あー……。なんでオレはこう泣いてばかりなんだろう。もうずっと泣いていなかった筈なのに、アイツに誰にも話せなかったことを理解して貰えて。コイツが、シルバーが。オレに気付いてくれて。今までの分が全て溢れるようだった。
 自分でも驚くくらい涙は止まらなくて、その間ずっとシルバーは包み込んでくれた。それが嬉しいような、恥ずかしいような。考えてみれば、ここ、普通に町の入口だし。


「落ち着いたか」

「もうヨシノシティを歩けないけどな」

「タマゴを届けたらまた通るだろ」


 だから何で、ってキキョウシティで会うんだからここを通ることくらい分かるか。そういやこの後タマゴ届けなきゃいけなかったんだし、どうすれば良いんだよ。絶対目赤くなってんじゃん。こんなんで届けに行ったら何かあったのかって聞かれそうだよな。あ、でも博士は研究所のポケモンのことで忙しいから気付かないかもな。コイツが一匹持って行ったから。だけど行き辛いことに変わりはない。


「なぁ、シルバー。これから時間あるか?」

「オレはあるが、お前は忙しいんじゃなかったのか」


 忙しいといえばそうだけど、今は他のことなんてどうでも良い。博士には悪いけど、オレにとってはこっちの方が重要だ。タマゴのことは後回しにする。どうせ結局はオレが連れ歩いて孵すことになるんだし、今少しくらい連れていても問題はない筈だ。


「急用だろ。オレも出来たから付き合えよ」


 最初のシルバーの台詞をそのまま使えば、分かったと了承してくれた。急用なんて名前ばっかりだけど、そんなのはお互い様だ。
 人目に付くこんな場所でいつまでも立ち話をしているのもなんだ。オレ達は近くの人気のない場所まで移動することにした。初めから隣にシルバーが居るということが、とても不思議な感覚だ。それ以上に。隣にある存在に喜んでいる自分が居ることにも気付いたけれど。
 そうこう考えている間にも、木々の集まる静かな場所へと辿り着いた。