10.
「これが…………」
目の前には石造りの高い塔が建っている。これがイクツの塔と呼ばれる場所らしい。
上ばかり見ていると「行くぞ」と自分と同じ声に呼ばれる。ギィと音を鳴らしながら開けられた扉の中は暗い。それでも窓になっているところから入ってくる光のお蔭で何も見えないというほどではない。古い建物なだけあって灯りという灯りはないのだろう。
「戻って来たは良いけど、アイツはどこにいんだろうな……」
アイツとは勿論ここに残ったシルバーのことである。この塔のどこかにいることは間違いないが、上に登るにしても地下を探すにしてもそれなりに広さがある。しかも地下はかなりの広さだ。下手に動いて擦れ違いにもなりたくないが、かといってここで立ち止まっていても仕方がない。
どうしようかと考えていると、塔の奥から「ゴールドさん!」と高い声に呼ばれた。そちらに視線を向けると、黄色の長い髪を頭の上で揺らしながら一人の女性がこちらに向かってくる。
「イエロー先輩! 来てたんスか!」
「はい、やっぱりお二人のことが気になって。あ、そっちの人達が……?」
ゴールドの後ろの二人に視線が向けられ、二人も軽く挨拶をする。これがこちらの世界のイエローのようだ。レッドの時もそうだったが、やはり自分達の記憶にあるイエローとあまり違いはないように感じる。それでも自分達の知っているイエローとは別人で、きっとこの人もこの世界ではポケモンなしで戦っているのだろう。あまり想像は出来ないが。
「でも先輩、何があるか分からないしあまりここには近付かない方が良いっスよ」
「シルバーさんにも言われました。けど、ゴールドさん達だけに任せておくわけにもいかないですよ」
「心配しなくてもオレ達は平気っスよ。あ、シルバーがどこにいるか――――」
「ゴールド!!」
今度はまた別の声に呼ばれる。その聞き覚えのある声にゴールドの肩が大きく揺れる。そして、声のした方を振り返れば予想通りの人物がそこに立っていた。
「クリス!? 何でお前がここにいんだよ!?」
「イエローさんに聞いたのよ。それより、また二人で危険なことをして……」
「あー悪かったよ! つーか、それはシルバーにも言えることだろ!?」
シルバーにはもう言ったわよ、と話す二つ結びの彼女はあのクリスタルだろう。どうして貴方達はと説教を始めようとするクリスに今はそれどころじゃないだろとゴールドは反論している。こっちのクリスも真面目で学級委員のようなタイプらしい。弓を背負っているということは、あれがクリスの扱う武器のようだ。
イエローは二人がここにいることを知っていたようだから、例のものが二人にしか反応しないことを確かめた時に一緒にいたのは彼女だったのだろう。そのイエローからクリスは二人のことを聞き、こうして今この場に集まったといったところだろうか。
「別の世界でもあまり変わらないようだな」
「……何がだよ」
言われなくてもこんな状況では何のことか分かりきっているが、それでもゴールドは聞き返した。それに対してシルバーは何も答えず、この世界のゴールドとクリスの間にはイエローが入ってくれたようだ。ちなみにこの二人に止める気は全くなかった。
「二人共、落ち着いてください」
「全く、こんなところで揉めている場合ではないだろう」
イエローの後に続いた言葉に真っ先に反応したのはこの世界のゴールドだ。すぐに声のした方へと視線を向けると、視界に捉えた赤髪を見てその名を叫んだ。
「シルバー!!」
「思ったよりも早かったな」
もっと時間が掛かると思っていたが、と言いながら銀色が自分達と同じ色を持つ二人を見る。こちらの世界のゴールドも見た目は瓜二つだったが、シルバーの方もそっくりだ。こっちのゴールドも言っていたが、中身もそれほど違ってはいなさそうだ。
「って、クリスの言い分はお前に対してもだろ」
「オレはもう聞いた。それより、長くなるなら借りてくぞ」
「は? 何を……」
借りて行くって言うんだよ、と聞くよりも前にシルバーはゴールドの手を取った。そんなシルバーの唐突な行動に驚いたのはこの世界のゴールドや別世界から来た二人も同じで、けれど本人が何かを言うよりも先にその手を引いた。そしてそのままゴールドを連れて地下の方へと向かってしまう。
残された方はといえば、こっちのシルバーがこの世界のゴールドに視線を向ける。その視線の意味するところは言葉にされなくとも分かった。
「アイツがついてるんだから心配することはないだろ」
「別にそんな心配はしていないが」
このゴールドとの関係からしても異世界の自分がゴールドに何かをするなんて考えには至らない。その点については心配していないけれど、元々シルバー達はこっちのゴールド達に協力するためにここまでやってきたのだ。それなのにあの二人だけで良いのかと、そういうことが言いたい。
そのように聞き直せば、ゴールドは「あー……」と考えるようにしながらちらりと横を見る。視線の先はクリスの姿があり、ゴールドの言いたいことも分かった。加えてさっきのこの世界の自分の発言。はあ、と溜め息を一つ吐けばこちらの考えたことも通じただろう。
「いつもこんな感じなのか」
「えっと……でもみなさん仲は良いですよ。クリスタルさんもシルバーさん達のことを心配してるだけですし」
大切だからこそ心配する。危ない依頼を二人だけでこなして、その結果がこれではクリスが怒るのも無理はないかとこの世界の二人のやり取りを眺めながら思う。イエローがクリスにこのことを教えたのも、クリスがこっちの自分達のことを心配していたからだろうことは予想出来る。だからゴールドをクリスの元に残して行ったのか、と先程の自分の行動にも漸く納得がいった。
□ □ □
一方その頃、ゴールドはこちらの世界のシルバーに連れられて塔の地下へ続く階段を下りていた。先程までは外の明かりがあったけれど地下にその光は届かない。その代わりに燭台へ火が灯されているようだ。おそらく、これはシルバー達がここに来た時に点けたものだろう。
「おいシルバー、アイツ等置いてきて良いのかよ」
「後から追い掛けてくるだろう。アイツなら場所くらい分かる」
シルバーの言うアイツというのはこっちのゴールドのことだろうが、それなら一緒に来たって良かったのではないだろうか。そう思ったのだが、クリスにも心配を掛けたみたいだからなと呟かれたそれでシルバーの行動の意味に気が付いた。
それでこっちのオレを置いてきたんだなと理解したが、それならシルバーは連れて来ても良かったのではないかという疑問が残る。この中を把握しているゴールドなら一人でもここまで来られるはずだろう。
「じゃあ何でシルバーも置いてきたんだ?」
思ったままに疑問を尋ねれば、銀色がちらりとこちらを見て「もしものことがあったら困るだろう」とだけ答えた。もしものことって何だと思ったが、その答えも数秒後には分かった。
「伏せろ」
たったそれだけを言われても意味なんてさっぱりだったが、言われるままに頭を下げれば頭上で銃声音が二発響いた。勿論、撃ったのはシルバーだ。ワンテンポ遅れて音のした方を振り返れば、見覚えのある怪しげな魔物がさっきの銃によるダメージを受けているようだった。そこにバンバンッと音を立てながら追撃を加えれば、とうとう魔物は姿を消した。
「ここには魔物が棲み付いている。何かあった時のことを考えれば、最低でも二人一組で行動するのが理想だ」
それがシルバーを向こうに置いてきた理由らしい。そういうことなら納得だが、この世界のゴールドならこの程度の魔物相手に一人でも問題ないだろう。ここまで来る時の戦いぶりを見ていれば心配など無用に思える。それに、異世界の自分達がいたところで大した戦力にはならない。このシルバーはゴールド達が戦うところを見たことはないが、異世界の人間ということである程度予想はしているだろう。
だが、それでも一人より二人の方が良いとシルバーは話す。一人ではどうにもならないことでも、二人でならなんとかなるものだと。戦いの場において、一足す一の答えは単純に二になるものではない。その答えは三にも四にもなるのだ。
「だからお前だけを連れてきた。これでもまだ疑問はあるか」
尋ねるシルバーにいやとゴールドは否定する。ここまで言われればシルバーが言いたいことも分かる。実際、ゴールド達はこの世界に来てから二人で力を合わせてやって来た。戦闘なんかは良い例で、敵が多くとも二人で戦えるようにお互いを補った。つまりはそういうことを言いたいのだろう。
「あ、けど何でオレなんだ? 別にシルバーでも良かったんだよな?」
「それは単純に自分と二人になるよりお前の方が良かっただけだ」
予想外の答えに思わず「え」と間抜けな声が漏れた。シルバーなら自分と一緒の方がやりやすいかと思ったのにそうでもないのか。知識量でいえばゴールドもシルバーもこの世界に来てからの時間は同じだから大差はないけれど、性格的にやりやすいとかはあるだろうと思ったのだ。
それについてはそうかもしれないがと言いつつ、しかし別世界とはいえ自分と同じ人間と一緒に行動するのも何か変だろうと話すシルバーの気持ちは分からなくもない。やり辛いとかはないけれど、普通では有り得ないことなだけに変な感じはするのだ。別にそれでも構わないけれど、そういうことだと言われれば合点がいく。
「それで、こっちのオレが言ってた怪しいモンっていうのはこの先にあるのか?」
「奥に進んだ先だ。魔物もいるから気は抜くな」
分かったと返事をしながらゴールドもいつでも戦闘態勢をとれるように剣を準備しておく。シルバーの両手には、先程魔物を倒した時から鮮鋭な刃物の付いた銃が握られている。
そういえば、この世界のゴールドがシルバーに武器のことを聞かれた時「お前には言われたくねーよ」と言っていたが、それはこういうことかと一人納得する。ああいう言い方をしたということはただの二丁拳銃ではないのだろう。見た目からしてただの銃には見えないけれど、この世界のゴールドといいシルバーといい、どちらも珍しいタイプの武器を扱っているのかもしれない。
「来るぞ」
シルバーの声と同時に四体の魔物が姿を現した。そしてすぐに銃声が地下で響き渡る。
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