12.



 別世界からやってきたゴールドとシルバー、それからこの世界の二人。やっと四人が揃って地下を奥へと進んで行く。塔に来た時に会ったクリスとイエローには外の方を任せてある。こちらで何か起こった時、周辺でも何かが起こらないとは限らないのだ。現に魔物はアマヅキだけではなく他の町の方でも確認されるようになった。だから外は彼女達に任せて、こちらはこちらで一連の事件の解明を急ぐ。


「そうだ、お前等に聞きたいことがあったんだ」


 開けた空間に出たところでゴールドはそう言うなり部屋の隅の方に歩いて行った。クエッションマークを浮かべる二人にシルバーも少し待っていろと言ってゴールドの後を追う。だがすぐに二人共こちらに戻って来て「これってお前達のモンか?」と尋ねられた。その手の上に乗っていたのは。


「モンスターボール!?」

「やっぱりお前達のか。じゃあ返しとくぜ」


 そう言ってモンスターボールを渡される。別の世界から来たお前達のことを知った時にそうじゃないかと思ったんだとこっちのゴールドは話しているが、そもそもどうしてこれを彼等が持っていたのか。
 それは、この小さなボールがこちらの世界の二人の前に現れたからだ。確か一週間ほど前のことだっただろうか。何だこれと思って手に取ったら中から変わった生き物が出てくるんだから最初は驚いた。だけどいつも見る魔物とは違う雰囲気だし敵意もない。それどころか何やら慌てふためいた様子で、どうしたものかと困った二人はこうして手元に置いておいたのだ。


「おそらくオレ達がお前達の世界に干渉し、お前達がこの世界に干渉した時に何かが起こったんだろう。その結果、お前達の手から離れたこれらは同一人物であるオレ達のところにやってきた」


 そういうことではないかとシルバーは話すが、具体的なことはシルバーにだって分からない。ただ考えられる可能性として述べただけだ。二つの世界が干渉し合ったのは間違いないし、どこかに飛ばされるでもなくこっちの二人の元にやってきたのは自分達が同一人物だからとしか考えられない。四人の共通点はそれだけなのだ。


「どういう理屈であれ、ポケモン達が無事だったなら構わない」

「そうだな。コイツ等のことみててくれてありがとな」

「気にするな。元々はこっちがお前達を巻き込んだんだからな」


 ボールの数もきちんと六個ある。ジョウトに残されているんだとしてもあのバトルの後で自分達はこの世界に来てしまったからどうなったのかと思っていたが、こうして再会することが出来て良かった。心の底からそう思う。ボールの中のポケモン達も本当の主人と再会出来て嬉しそうにしている。
 これであとは元の世界に戻るだけだ。ゴールドもシルバーもそれぞれ自分のボールを腰に付ける。やっぱり武器を持つよりもこっちの方がしっくり来るなと思いながら、その生活を取り戻すためにやるべきことは一つだ。


「それで、まだ奥に進むのか」

「もうすぐそこだぜ。まあ行けば分かるけどな」


 その言葉の意味を理解したのは数分後、例の怪しいモノとやらの場所までやってきた時だった。
 これは大きめの石とでもいえばいいんだろうか。大きいといっても二十センチか三十センチ程度の丸い石だ。それが台座のような岩の上に乗っているのだが、その石の中で薄黒い紫のような光が渦巻いている。
 ここに来る前、ちゃんと調べずに壊して良いものかという話をしていたが、いざ目の前にしたら調べる前に壊すべきだと判断したのも分かる。ゴールドの言っていたように禍々しい気配がこの石からひしひしと伝わってくる。


「これがその怪しいモンなんだけど、ちょっと見てろよ」


 言ってゴールドはその石に触れる。すると、それに反応するかのように石が光を発した。
 だが、光を発しただけで特に異変はない。周辺で何かが起こったような様子も見られず、どうやら見たまま石が光っているだけのようだ。


「とまあ、一応変化は見られるんだけどそれだけ。でもイエロー先輩に試してもらった時は光もしなかったから何かあるとは思うんだよな」


 今のところ分かっているのはそれと物理的な攻撃ではこの石が壊れなかったことくらいだ。物理的な攻撃といっても普通に自分達の持っている武器で破壊を試みただけだが、この通り傷一つ付くことなく失敗に終わった。どちらの武器も攻撃力を特化させたものではないが、その威力は決して低くない。それで駄目だったということは武器による物理的な破壊は困難であるということだ。ついでにこの石を動かすことは出来ないようで、見つけた時からずっとこの場所にある。
 そんな石をどうやったら破壊出来るのか。二人に反応している時点でこの一件に関係があるはずだが、これでは行き詰まりかけていたというのも無理はないだろう。異世界の二人も今のところこの石を破壊する方法なんて思い付かない。


「オレ達に反応はするがオレ達では駄目だった。となると、お前達なら何か別の反応があるかもしれないと思ったんだが」

「要するに、触ってみれば良いのか」


 二人が頷くのを見てシルバーはその石に触れる。その瞬間、先程と同じく石は光り始めた。
 ――が、他に何かが起こる気配はない。やっぱり石が光っているだけのように見える。


「オレ達でも変わりはなさそうだな」


 そう言ってシルバーが手を離すと光は消える。光っているのは触っている間だけのようだが、ただ石が光るだけでは何の意味もない。光ったから何だという話である。
 ポケモンが本来の持ち主である二人の元ではなくこっちのゴールド達の前に現れたように、これもこの世界の二人ではなく別世界のゴールド達に何かあると思ったのだが違いは特になかったように思う。違いも何も、石が光る以外に何も起こっていないわけだが。


「はあ、マジかよ。一体何すりゃあ壊れるんだよ」


 いっそ塔ごと破壊するかなどと物騒なことを言い出す相棒に「やめておけ」と言いながらもシルバーも気持ちは同じだ。だが、強力な爆弾で塔を破壊して壊れるくらいなら直接石を壊そうとした時点で壊れているだろう。
 威力は全然違うとはいえ、小さな掠り傷程度のものさえつかないのに爆発で破壊出来るとは到底思えない。何か特殊な鉱物で出来ているのか、それとも特殊な力が働いているのか。とにかく普通の方法では壊せない気がする。逆にそれで壊れたら拍子抜けだ。


「一人だけじゃなくて、二人じゃないとダメだったりとかはねぇの?」

「どうだろうな。少なくともオレ達は意味がなかったぜ」


 確かに反応しているのに石が光る以外の変化がない。反応する相手が限られているということは、そこに何かしらのヒントはありそうなものだが。
 こっちの二人が駄目だったのなら可能性は低いかもしれないが、ここまできたらやれることをやってみるしかないだろう。シルバー、と名前を呼ぶと銀の双眸がこちらを見る。そして、今度はゴールドと二人同時に石に触れた。


「…………何もなさそうだな」

「あの悪魔、本当に余計なことしてくれたな」


 光るだけの石を眺めながら思わず文句が出てくる。そもそも変な研究者が余計なことをしてくれたから、と言っても仕方がないことは分かっているが言いたくもなる。どうしてくれんだよと愚痴りながら、視線は自然と互いへと向けられる。


「オレ達のことはいいにしても、コイツ等のことはどうにかする方法を探すしかないだろう」

「その方法が全く見当も付かねーから困ってんだよ」

「世界中探し回れば手掛かりの一つくらい掴めるだろ」

「世界中、ね……」


 シルバーの言葉を復唱したゴールドに銀色は眉を顰めるが、この世界に来れたということは帰る方法もあるはずなのだ。何もせず文句ばかり言っても何も変わらない。少しでも状況を良くするためには自ら動いて出来ることをやっていくしかないのだ。それはゴールドとて分かっているはずなのだが。


「あのさ、取り込み中悪いんだけど、これって何か意味あんの?」


 聞こえてきた声に振り向くと、金と銀の視線がこちらに向けられている。二人は一度視線を交え、それから どちらともなく視線を外すと「何が?」と聞き返しながら二人の傍まで歩く。
 二人が来たところでゴールドは「だからこれ」と言いながら目の前の光る石を示す。何かの模様に見えなくもないだろ、とその石の中に浮かぶ模様を見て話す。触れる前から薄黒い紫の光が石の中で渦巻いていたけれど、今はそれがただの渦状ではなく、何かの記号のような形になっている。


「言われてみればそうだな。どっかで見たことがあるような気がするけど……」

「大昔の記号だな。これが意味するのは《火》だ」


 前に書物で見たことがあるとシルバーは言った。
 それを聞いた異世界の二人は「火?」と繰り返しながら、思い浮かんだのはおそらく同じものだったのだろう。ゴールドの腰にあるモンスターボールに目が行く。


「それならとりあえず燃やしてみるか」

「燃やすったって、まずは外に必要なモンを集めに行かねーと……」

「その必要はないぜ」


 どういう意味だとこの世界の二人が視線を向ける中で「バクたろう!」とゴールドはボールを投げた。そこに現れたのはかざんポケモン、バクフーン。長いこと共に旅をしてきたゴールドの相棒だ。


「かえんほうしゃだ!!」


 ゴールドの言葉に反応するようにバクフーンの背中の炎が燃え上がる。そして、炎は一直線に勢いよく石に向かって進んでいく。
 ゴオオという激しい音を鳴らしながら炎は激しくぶつかったけれど、これで何か変化が起こっただろうか。全員が石を見つめる中、かえんほうしゃによる炎が収まる。そして問題の石はというと……。


「……変化はなし、か」

「こんだけの炎でもダメだとしたら、ただ燃やせってことじゃねーのか?」

「まだ単純に火力の可能性もあるだろう」


 火力といっても限度があるだろう。今のでもかなりの火力だっただろうと二人は思うが、当然シルバーはこれよりも更に上の技があることを知っている。かえんほうしゃで駄目だったとすれば、あとは究極技を撃つしかない。
 シルバーの言いたいことを理解したゴールドはバクフーンを呼ぶ。コクンと頷いたバクフーンを見て、ゴールドは炎の究極技――ブラストバーンを叫んだ。


「すっげぇな……」

「これでどうだ!?」


 先程の炎も凄かったけれど、今度のはそれ以上に強い炎になって石に直撃した。真っ赤に燃え盛る炎に思わず感嘆が零れた。さっきの炎といい、この二人の世界ではそれが普通に行われていることだと思うと世界は広いなと……いや、色んな世界があるものだなと思う。
 最大の炎技を放ち、これで変化がないのなら《火》の文字が示す他の意味を考えるしかない。炎の行方を全員が見守っている中、そこに現れたのは……。


「あれも何かの記号か?」

「ああ。あの記号は《水》だな」


 炎が収束したところに出てきたのは、僅かに残った火によって記された新たな記号。どうやら次は《水》をどうにかしろといっているらしい。
 それならと金が銀を見ると、その手には既にボールが握られていた。水タイプのポケモンが多いシルバーのパーティだが、ゴールドが炎の究極技を使わなければならなかったことを考えれば使うポケモンは一択。


「オーダイル、ハイドロカノン!!」


 石が《火》を示した時、かえんほうしゃでは変化がなく究極技で変化したというのなら、この《水》も究極技レベルの水でなければ変化は見られないだろう。
 バトルフロンティアで身に付けた自身の最大の技をオーダイルが繰り出す。突如現れた激流は間もなくして石に到達し、派手な音を立てながら辺りに水しぶきが舞う。


「お前等、何でもアリだな……!?」

「いや、そっちの方が何でもアリだろ!」

「魔物はともかく、オレ達はこんな芸当出来ねーよ!」


 火を出したり水を出したり、魔物の中にはそういったことが出来る奴もいるけれど人間には無理だ。それは異世界のゴールド達にしても同じだが、こうしてポケモンを使って火や水の技をぶつけて戦うのは当たり前に行われている。けれどポケモンのいないこの世界ではそのこと自体が異質であり、戦いの場でそれらが扱えるなど考えられない。
 しかし、そのゴールド達からしてみれば自らが武器を戦うことの方が考えられないことだ。その武器を上手く使いこなし、更に状況に応じた戦略を考えつつ敵を直接叩く。目の前の男達はそれをいとも簡単にやってのけるけれど、慣れないそれにどれほど苦労したか。

 結局、お互い自分達にとって普通ではないそれに驚かされたというわけだ。何せ、今までに見たこともやったこともない戦い方をお互いが当たり前にしているのだから驚くのも当然といえる。
 言い合って、それから口元に笑みを浮かべる。本当に不思議なことが起こったものである。こうして話すのも本来なら有り得ないことで、そんな時間もきっとあともう少しで。


「ゴールド、手を貸せ」


 見慣れた銀色に視線を向けたゴールドは、腰に収めてあった銃を取り出す。そしてシルバーの隣まで移動すると、目標に照準を合わせる。


「戦闘中じゃないってなんか新鮮だな。けど、お前一人で全く変化がなかったのにこれで変わんのか?」

「さあな。だから試すんだろ」


 それもそうだなと言いながらどちらともなく引き金を引く。合図なんて必要ない。いつも二人で共に戦っているのだ。相手の考えていることも何も大体分かる。勿論それは戦闘に関することならと付くけれど、同時に撃つくらいタイミングを計るまでもない。
 《水》を意味する記号が浮かび上がり、ハイドロカノンをぶつけた後に現れたのは《射》を意味する記号。双銃剣を扱うシルバーが石を撃っても変化はなかったが、射撃をすることが出来るのは何もシルバーだけではない。

 ゴールドのと合わせて三つの銃弾が瞬く間に石を捉えた。
 そして、弾丸はそのまま石の中央を貫き奥の壁へ。刹那、眩い光が辺り一面を覆う。


「シルバー!!」


 光の中へ伸ばした手は温かなそれを掴み、そのままその手を引き寄せる。
 真っ白な世界でただ一つ、願うのは――――。