3.



「これって泥棒だよな……」


 遡るほど十数分前。ゴールドに似ている男の家を訪ねた二人だったが、コンコンとドアをノックしたものの返事はなし。留守かと思ったが試しにドアノブを回してみたところ、不用心なことに鍵は掛かっていなかった。
 もしかしたら聞こえなかっただけかもしれないと大きな声で挨拶をし、勝手ながら家の中に人がいないか探してみたが見つからず。これはやはり留守かと結論付けたところで、それなら服だけでも借りようということになって今に至る。


「まあ、もう細かいことはどうでもいいか」


 呟きながらゴールドはクローゼットを閉める。あのままの格好では目立つということはここに来るまでの間にも十分理解したし、ここに目的の人物がいないとなれば借りようにも断る相手がいない。
 それが人の家のものを勝手に借りて良い理由にはならないが、ここに来たことで更に分かったことがある。ここは二人の想像していた以上に自分達の常識とは掛け離れた世界のようだ。それが分かった今、ごちゃごちゃと細かいことなど気にしていられない。


「なあシルバー。これからどうすんだよ」


 どうするも何も、やはり自分達がジョウトに戻る方法を探すこと以外にやることはない。分かってはいるが、手掛かりがないどころか謎は深まるばかりだ。


「ジョウトに戻る方法を探すに決まっているだろう」

「その方法だよ。町で聞き込みしたって大して成果はなさそうだぜ」


 それに、と言って視線を向けた先には銀色に輝く細長い剣。それも一本だけではなく、他にも武器らしきものが幾つか置かれている。町で声を掛けてきた大男も背中に大きな鎌を背負っていた。かつギルドというところでは魔物の討伐なんかも仕事にしているらしい。
 ということは、だ。


「ここで自分を守るには、これを使うしかないみてーだけど」


 おそらく、この世界の魔物と呼ばれるものとは人がこれらの武器を使用して戦っているのだろう。ここにこれらがあるということは、この家の主であるゴールドもそうなのだろう。同じく、一緒にギルドの仕事をしているシルバーという人も。
 実際に手に持ってみると、それは思っていたほど重い代物ではないようだ。だが、当然だがこんなもので戦ったことなどないから使い方は知らない。剣だから切れば良いんだろう程度の知識である。


「この辺のモンもまとめて借りて、どっか別の町に行ってみるか?」


 既に服を借りているのだから借りる物が一つ増えたところで変わりもしない。服も武器もどこかで調達するという考えがなかったわけではないが、二人が今持っているお金が使えたとしてもそれらを一通り揃えられるほどの金額は手元にない。加えて街道には魔物が現れることを考えると、ここで武器の一つは持って行った方が良いだろう。


「いや、その前にギルドだ」

「ギルド? そこは仕事を引き受ける場所だろ?」

「それだけ人の集まる場所でもある。何か手掛かりがあるかもしれない」


 シルバーの言うことは一理ある。ギルドが具体的にどういうものなのかは分からないけれど、町の人達が頼ることの多いギルドには情報も集まりやすいだろう。一度行ってみるのも悪くはない。


「それなら、いっそのことギルドで依頼を受けてみりゃ良いんじゃねーの?」


 ギルドに行くことで得られる情報はあるだろう。だからシルバーの意見にはゴールドも賛成だ。だが、それならただ情報収集の為だけに行くよりも仕事を引き受ける方が良いのではないかとゴールドは提案する。これなら実際にギルドがどういうものなのかより理解出来るだろうし、この辺りのことについてももっと知ることが出来るかもしれない。
 けれど、それには問題が一つ。


「オレ達はギルドの人間じゃないだろう」


 町の人から依頼を受け、その依頼をギルドの人間がこなす。今分かっているギルドの情報はそれくらいだが、その情報だけでもゴールドの言おうとしていることが不可能であることくらいは分かる。
 依頼を受ける人間とそれをこなす人間がいるということは、後者はギルドで働いているということになる。詳しい制度は知らないからその表現が正しいかは分からないが、ギルドに行ってすぐに仕事を貰えるとは思えない。いきなり現れた人間に仕事を渡すような無責任な機関が町の中心になっているとは考え難い。勿論、その手続きをすれば誰でも出来るのかもしれないが。


「わざわざギルドに入ってまでやることではないと思うが」


 普通に情報収集をするだけでも十分なはずだ。その手続きを踏んでまで知るべきことではないとシルバーは思う。
 だが、そんなシルバーの発言にゴールドはニィと口角を持ち上げる。


「別に、ギルドに入らなくても依頼は受けられると思うぜ?」


 それはないだろうと否定しようとしたが、どうしてそんな考えに至ったのかを考えたところで銀色はまさかと目の前の金を見る。すると、そのまさかの答えをゴールドは口にした。


「ギルドにはオレ達と同じ名前のそっくりさんがいるんだろ? ソイツ等だってことにすりゃあ依頼も受けさせてくれんだろ」


 やっぱりか、とシルバーは頭を抱える。名前が同じそいつのことを利用したのはシルバーも一緒だが、それには大きな問題がある。


「ギルドの人間が勘違いをしてくれたところで、その依頼はオレ達が引き受けることになるんだぞ」

「だから引き受けてみようぜって言ってんだよ」

「手持ちのポケモンもいない、使ったことのない武器しかない状態でどうするつもりだ」

「この先この武器で戦うことがあるかもしれねーだろ? その練習にもなって丁度良いじゃん」


 戦うことがあるかもしれないではなく、依頼の内容によっては戦うことになる場合だってある。むしろゴールドはここで戦って練習をしようと言っているのだろう。先に会ったこともない相手を利用したシルバーが言えたことではないが、いくらなんでも無茶だ。
 確かに、この先のことを考えれば武器の扱いをある程度知っておくことは必要かもしれない。しかし、それをいきなり実戦でやる必要はないだろう。ギルドのルールも知らない、武器の使い方も知らない。依頼を引き受けてもまともにこなせるのか怪しすぎる。それで依頼を受けても依頼人にもギルドにも迷惑を掛けるだけだ。当然、勝手に名前を借りるその人達にも。


「練習にならないほど強い奴が相手だったらどうする」

「それは何とかして倒すしかねーだろ」


 練習だなんて言っていられない事態になったら。
 もしそれほどの強敵が相手だったとしても、こちらが倒さなければ逆に倒されて終わるだけだ。どうにかしてでも勝機を見つけて倒す、やることはそれだけ。シンプルなものである。

 理屈はそうかもしれないが、そんなことになったら最悪命の危機になってなりかねない。こんな無茶をせずとも情報は十分集められるはずだ。危ない橋を渡るような場面ではない。シルバーはそう主張するが、どうやら意見は噛み合ってくれないらしい。


「とにかく、まずはギルド行ってみようぜ!」


 勝手にそう決めるなりゴールドは部屋を出て行く。まだ話の途中だというのに勝手な奴である。
 はあ、と溜め息を零しながらシルバーもまた部屋にある剣を手に取って走る。意見が割れたからといってゴールドをそのままにしておくわけにもいかない。

 先に行ったゴールドを追い掛け、向かうはこの町の中心。ギルドだ。



□ □ □



 町の中央に建っている比較的な大きな建物。丸太を組んで作られたこの建物のドアには《冒険者ギルド》と書かれたプレートが掛かっている。どうやら、ここが噂のギルドのようだ。
 ドアを押すとカラカラと鈴のような音が鳴る。正面には受付と思われるカウンター、二階でテーブルを囲んでいるのはギルドの人達だろうか。入り口からカウンターまでの道を中心とした左右の空間には掲示板のようなものが横に二枚、縦には三枚ずつ並んでいる。


「へぇ、ギルドってこうなってんだな」


 きょろきょろとゴールドはギルドの中を眺める。天井は吹き抜けになっており、二階には左の階段から上がって行くようだ。階段の上り口の横のスペースにある台には紙とペンが置かれている。
 受付には女性が一人。そこで話をしている人は武器を持っていないようだから依頼人だろう。町の人の話からしてギルドという存在が大きいのは間違いないが、デパートや会社のような印象は受けない。噂で聞いた内容からしてもそれらとは全然違う組織のようだが、初めて見るそれらに自然と興味を惹かれる。


「とりあえず受付で話を聞いて……って、何してるんだよシルバー」


 これから依頼を受けてみようというのにあまりうろうろしているのも怪しい。気になることは多々あるけれどまずは受付だなと思ったところで、掲示板の前でシルバーが立ち止まっていることに気付く。
 何かあったのかとゴールドがシルバーの元まで移動すると、それに気付いたシルバーがこれを見ろと掲示板の方を示した。


「色んな紙が貼ってあんな。えっと何々……キクスノーの採取?」


 シルバーが指差したところにあった紙の一文を読み上げてみたが、キクスノーとは何だろうか。採取とあるからキクスノーは食べ物か何かで、それを採って来いという意味だろうか。


「これがギルドに入ってきた依頼なんだろう」


 同じく掲示板を見ながらシルバーはそう分析する。この掲示板に貼られている紙はどれも同じ形式で書かれており、一番上に書かれているのが件名。その下には依頼人の名前、報酬金額。ランクと書かれているのは難易度だろうか。それから具体的な依頼内容も書いてある。
 大方ギルドに来た依頼を誰でも簡単に見られるようにする為にこうした方法が取られているのだろう。これなら手の空いた時にいつでも自分に合う依頼を探すことが出来る。いちいち受付で依頼を探す手間が省けるというわけだ。


「つまり、この中から魔物退治の依頼を探せば良いってことだな」

「魔物退治に拘る必要はない。ギルドについて知るだけなら探し物の依頼でも良いだろ」

「ここまで来たら魔物退治で良いだろ。ランクが書いてあるんだから強いヤツに当たる心配もねーし」


 ゴールドが初めに情報収集をした際、ギルドは割と何でもやっているらしいということだった。どうやらその幅はかなり広いようで、魔物退治から隣町までの護衛。落し物探しやら商品配達、薬草の採取などぱっと見ただけでも何種類もの依頼があるようだ。
 ランクはアルファベットで表記されており、Dが一番下になるらしい。要するにDランクの魔物退治ならそう難しくないと考えられるが。


「ランクが低くてもオレ達にそれを倒せるだけの実力があるかは別だ」


 どうしてそれに拘るのか。このランクはギルドの何かを基準としてつけられているのだろうが、今の自分達がどの程度戦うことが出来るかは未知数だ。たとえそれがDランクに認定されている魔物だとしても楽に倒せるとは到底思えない。ギルドのことを知るのなら他の依頼でも良いはずだろう。
 しかし、どうせやるのなら派手に……というわけではないが。後のことを考えればここで魔物退治を選択しておくべきだとゴールドは思うのだ。


「どのみち戦うことになるかもしれねぇんだぜ。逃げてばっかじゃいられねーだろ」


 暫くここに滞在するかもしれないことを考えれば、今魔物と戦うのも後で戦わざる得ない状況になって戦うのも同じだ。それならちゃんと準備をし、心構えをした状態で挑んだ方が良いだろう。いきなり武器を持って戦うことになるよりはその方がよっぽど良いはずだ。


「それはそうだが、何も初めからそんな依頼を受けなくても良いという話だ」


 ゴールドの言い分も分からなくはないが、一番最初からそれに挑戦する必要はない。いずれ魔物退治の依頼をやるにしても、最初は違う依頼で良いだろうとシルバーも引かない。
 だが、そんなシルバーの物言いにゴールドはぴたと言葉を止めた。ゴールドはこの一度きりか、必要があればギルドに来ることもあるかもしれないくらいに考えていたのだ。しかし、シルバーの主張は二度目や三度目があるかのような言い方だ。


「初めから、ってこの先もギルドで依頼を受けるのか?」


 まるで最初は魔物退治ではない依頼を経験して、後々魔物退治をやれば良いと言っているように聞こえる。いや、実際にシルバーはそう言いたかった。


「今のところ手掛かりはない。暫くここにいることを考えると資金は必要だ」


 資金というのは依頼の報酬のことだ。何をするにもお金は必要になってくる。情報収集にも使える場面はあるだろうし、ここで過ごしていくには必要な物も出てくるだろう。今日明日で解決策が見つかりそうもない現状では、ギルドを利用して資金を貯めるのは一つの手だ。ギルドをただ情報収集の場にするのではなく、自分達が動く場としても活用するならその方が良い。


「でもお前、最初はギルドに登録する必要はないって言ってただろ」

「ギルドが使えるなら丁度良いと思っただけだ」


 ゴールドの言うように、初めはギルドに登録してまで依頼をこなす必要がないと思っていた。だがゴールドは他人の振りをして依頼を受けると言い出し、ここで過ごすことが長引くなら金銭のことなども考えなければいけないことは頭の片隅にあった。
 その方法については白紙だったわけだが、ゴールドが依頼を受けると引かないならそれを利用すれば良いと考えついたのだ。本当に誤魔化せるのかはやってみなければ分からないけれども、それが可能ならこれを使わない理由はない。ここまできたら何をやってもやらなくても同じだろう。偽物騒動にでもなったら厄介だが、そこは何事もないことを祈るしかない。


「だから最初は他の依頼にしろって?」

「そう言っている」


 これで納得したかと金色を見るが、少し考えるようにした金は「でもな」と否定の言葉を零す。シルバーの言いたいことも分かるけれど、やっぱりゴールドは自分の意見を貫く。


「お前の言う通り、金は必要になるのかもしれねぇ。けど土地勘もないんじゃ何やっても同じだろ」


 依頼によって内容は異なるのだから同じDランクでもやることは丸っきり違う。だが、その中で何をするにしても右も左も分からないこの場所では商品配達も薬草採取も魔物退治も大して変わらない。商品を届けるにしたって場所は分からないし、薬草のある場所も薬草そのものも分からない。魔物だって倒せるか分からない。結局全部やってみなければ分からないことしかないのだ。
 そうだとしても全部同じなわけはない。やることが全然違うのだが、どれをやっても分からないことばかりなら、案外やることがはっきりしている単純なものの方が良い。


「こういうモンは退治するだけみたいな分かりやすい方が良いんだよ」


 言うなりゴールドは手近な依頼の紙を一つ掲示板から剥がすと、シルバーが何を言うよりも先に受付に持って行った。待て、とシルバーが呼び止めようとするがもう遅い。

 受付で多少のやり取りをしながら、戻って来たゴールドは正式に魔物退治の依頼を引き受けていた。


「上手くいったぜ、シルバー」

「上手くいったじゃない。本気でやるつもりか」

「今更後には引けねぇだろ」


 後に引けない状況を作ったのはゴールド自身だが、もう一度受付に戻ってやっぱり辞めますと言うわけにもいかない。こうなってしまっては、諦めてその魔物を退治するしかないだろう。
 本日二度目になる溜め息を零しながら、受けてしまったものは仕様がない。やるしかないかと心を決めて、シルバーは依頼を詳しく教えろと促す。


「アザカ街道に出た魔物の退治だってさ。途中にある橋の辺りで目撃情報があるらしい」


 依頼内容の部分には魔物の名前も書かれていたが、名前だけ分かっても二人にはどんな奴かなんて想像もつかない。写真でもあるなら別だが、文字しかないとなれば二人が共有すべき情報はこれくらいだ。
 こんな状態で本当に大丈夫なのかと不安ばかりが募るが、なんとかなるだろうと依頼を引き受けた本人は楽観的だ。何を根拠に言っているのか、いや根拠なんてないのだろう。気楽なものである。


「んで、まずはそのアザカ街道ってのがどこにあるかなんだけど」

「それは町から西の街道、オレ達が通ってきた場所だな」


 場所を調べるところからだと思っていたところでシルバーがその場所を答える。手分けをして情報収集をした時、シルバーは近くの道や山の名前も調べていたのだ。言われてゴールドもあれかと通って来たその道を思い出す。


「でも橋なんて見てねーよな?」

「もっと先に進めばあるんだろう」


 二人は町まで真っ直ぐ歩いただけだ。通っていない反対方向に何があったかなんて知らない。
 けれどこうして依頼の紙に書かれているのだから橋がないわけがない。これで橋がなかったらここの人間はどんな適当な仕事をしているんだという話になる。


「なら早速行こうぜ」


 場所が分かったのならあとは倒すだけだ。そんな勢いでいきなり魔物の元へ出発しようとする友人に、せめて準備くらいはしてから出掛けるべきだろうとシルバーは呆れる。何があるか分からないのだから、使えそうなものがあるか店を見てから行くぐらいのことはするべきだろう。
 ゴールドとしてはぱっぱと行って倒して終わりのつもりだったが、今回はシルバーの意見に素直に頷いた。手元に殆どアイテムがない今、確かに準備は必要だ。


「じゃあ店が先か。確か一つ向こうの通りにあった気がすんだよな……」

「まずはそこに行くぞ」


 商店って看板が出てたから多分そうだというゴールドの言葉を信じて、二人は魔物退治の準備をするべくこの町の店へと向かう。そこで必要なアイテムを揃えたらいよいよ魔物退治だ。
 腰にある剣をぎゅっと握りしめて、いざ出発する。