4.



 整備された道をひたすら真っ直ぐに歩いて行く。整備されている、といっても人が通りやすいようになっている程度の道だ。両端には等間隔で小さな街灯が建てられており、街灯を挟んで道とは反対側になると草や木が生い茂っている。
 今のところは一本道をずっと進んでいるのだが、このまま複雑に道が分かれているのでなければじきに橋も見えてくるだろう。そこで魔物を退治すれば今回の依頼は完了だ。


「こうして歩いてると、ただ隣町に行く程度に護衛なんて要らない気がするよな」


 ギルドにあった依頼にはそういった内容のものもあった。戦う術のない人が隣町まで安全に行く為の依頼なのだろうが、こうも魔物に出くわさないとなるとわざわざお金を出してまで人を雇う必要はないように思える。


「いつ魔物が襲ってくるかなんて分からないだろ」

「けどよ、整備はされてるんだろ?」


 それなら平気じゃないのかと言うゴールドに整備はあくまで道の話だろうと指摘する。道を整備する人間と魔物を退治する人間が同じとはとても思えない。定期的にギルドの人間が退治をしているとしても魔物がゼロになることはないのだろう。


「それに今も魔物がいないわけではない」


 そう言ったシルバーの視線の先をゴールドも見る。木々が並んでいるその奥、草陰に身を隠すようにしているのは小型の獣だろうか。


「あれが魔物?」

「他に考えられないだろう」


 一見あまり強そうではないけれど、見た目で判断するのはよろしくないだろう。小さなポケモンだってとんでもない力を秘めていることがある。体の大きさと強さは比例しないのだ。もしかしたらあの魔物もかなりの強さを秘めている可能性がないとは言い切れない。油断は禁物である。
 だが、気になるのは魔物がこちらを襲う気配がないことだろうか。こちらに気付いていないだけなのか、それとも魔物といっても人を襲う奴とそうでない奴がいるのか。


「でも襲ってこないなら倒す必要はねーか」

「無駄に戦う必要はないだろうが、注意はしておけ」


 こちらに気付いていない振りをして突然襲い掛かってくるとも考えられる。戦う気がないのであればこちらから向かっていくようなことはしないが、気を付けておくに越したことはないだろう。例の魔物と戦う前に一度くらい戦うべきかとも考えたが、敵意がないものをむやみやたらに倒す気にはならない。


「それにしても、いつになったら橋に着くんだろうな」


 結構歩いてきたよなと自分達が出てきた町の方を振り返る。橋まであとどれくらいの距離ですと教えてくれるような看板があれば目安にもなるのだが、そう都合の良い物はなさそうだ。商店に寄った際に地図は購入したものの流石にそこまで細かいことは載っていなかった。
 ちなみにお金は持っていたものが使えたのでそれを使った。お蔭で手持ちのお金は殆どなくなってしまったが、こればかりは仕方がないだろう。


「歩いていればいずれ着く」

「そのいずれの部分が知りてぇんだよ」

「無茶を言うな」


 太陽は大分西の方に傾いている。まだ日が暮れるまで時間はありそうだけれど、暗くなる前には町に戻りたいところだ。慣れない土地、しかも魔物が襲ってくるかもしれない場所で一夜を過ごすようなことだけは避けたい。


「そういやよ、お前とこうやってのんびり歩くことってあんまねーよな」


 のんびり歩くどころか普段はどこにいるかも分からない。ポケギアに連絡をすれば繋がるが、そのポケギアの番号を知る前まではどうやったら会えるんだというような状態だった。今はそんなこともないけれど、どこで何をしているのか分からないのは変わっていない。


「お前と一緒に出掛けること自体が少ないからな」

「出掛ける時もポケモン使っちまうしな」


 近場ならまだしも、ある程度距離があるとなればひこうポケモンを使って移動してしまう。空を飛ばないにしてもポケモンに乗って移動したり、トレーナーはみんな同じようなものだろう。
 買い物なんかで街中を一緒に歩いたこともないわけじゃないが、そう多くはないように思う。そもそも頻繁に会ってないのだから一緒に歩くことなんて少ないに決まっている。


「ジョウトに戻ったら二人で歩いて出掛けてみるか」

「どこへ行くつもりだ」

「別にどこでも良いけど、出掛けんならやっぱコガネとか――」

「ゲームセンターには付き合わないぞ」


 言葉を遮って言ったシルバーにまだ何も言ってないだろと不満そうな声が返ってきたが、真っ先にコガネが挙がるあたり怪しいものだ。ギャンブルが好きだからこそ余計に疑わしい。


「じゃあ逆に聞くけどよ、どこなら付き合うんだよ」

「それ以外の場所ならどこでも良い」


 おい、とすかさず突っ込むが特に出掛けたい場所はないからだと返された。そうだとしてももう少し他に言い方はなかったのか。……どんな言い方をしても結局は同じ意味だけれど。


「あーもう、ゲーセン以外なら良いんだな! その言葉忘れんなよ!!」

「その前に戻る方法を探すのが先だが」

「わーってるよ!」


 ジョウトに戻った後の話をしたところでその方法を見つけなければ実現など叶わない。勿論、どうやってでもその方法は見つけるが約束は約束だ。絶対に忘れんなよとゴールドは念を押しておく。

 そうこう話していると、どこからかせせらぎの音が聞こえてくる。
 どちらともなく喋るのを止めて耳を澄ませると、それは前方から聞こえてくるようだった。そこには大きな川が流れており、その上には橋が架けられている。依頼に書かれていた場所はここだろう。


「この橋の近くで魔物が出るって話だったよな」


 今は橋の上にもその付近にも魔物らしきものの姿は見当たらない。けれど、町から一本道を歩いてきたのだから場所は間違いないはずだ。
 辺りに注意をしながら、いつ魔物が現れても良いように剣の柄に手を掛ける。


「来るぞ!」


 シルバーの声で剣を鞘から引き抜いて構える。橋の前に現れたそれこそが依頼にあった魔物。ヒノアラシやワニノコくらいの大きさの奴が五匹と、一匹だけ大きいのはニョロゾくらいの大きさだろうか。長い耳を横に垂らし、頭の中央には角が生えている獣のような奴等が全部で六匹。


「コイツ等全部倒しゃあ良いんだな」

「油断するな、ゴールド」


 分かってると頷いて二人は一斉に地面を蹴った。
 まずは小さい奴から片付けてしまおうと切り掛かるが、小さいだけあって動きも素早い。剣で切り掛かった時には既にぴょんと移動した後だった。


「やべっ」


 くるりと体を回転させるが遅い。小さいソイツは先程よりも勢いのあるジャンプで体ごと飛んできた。
 頭にある角で刺されたらヤバい。それだけを避ける為に体をひねってなんとか直撃は免れた。左腕に少しだけ掠ったがこの程度なら何ら問題はない。

 そのまま今度はこちらが攻撃をする番だ。ソイツが着地したところを狙って切りつける。今回は当たったけれど、流石に一撃でどうにかなる相手ではないらしい。
 そんなことを考えていると、横から別の奴が足をバネのようにしてまた飛んでくる。慌ててそれを避けながら、これは不味いと思ってシルバーのすぐ傍まで走る。


「もうギブアップか」

「ちげぇよ! 同時にあちこちから来られると厄介だろ」


 半分ずつ相手にするにしても離れているより近くで一緒に戦った方が良い。それはシルバーも同意見らしく、自然と背中合わせに敵と向かい合う形になる。


「デカい奴は後回しだ。先に小さい方から片付けるぞ」

「言われなくても!」


 飛んできた魔物を剣で受け流し、そこに出来る隙を狙って切りつける。
 戦いで隙を突くのは基本だが、使ったこともない武器ではこちらも隙だらけだ。攻撃した時に出来る隙を狙ってくる別の魔物にはもう一人が対処する。こうすれば自分達の穴を補いながら戦える。

 ジャンプして一度体勢を整えてからまたジャンプをする――それが、この魔物の戦い方のようだ。
 つまり、攻撃体勢をとった時にそれを防ぎ、着地してから体勢を整えるまでの間に攻撃をすれば良い。数は向こうの方が圧倒的に多いが、こうして背中合わせに敵を視界に捉えていれば後ろの心配はない。


「ゴールド!」

「分かってる!」


 小さい方の魔物と戦っているからといって残りの一匹が待ってくれることはない。コイツも小さいのと同じようにジャンプを利用して攻撃してくるのかと思ったが、体が大きいと戦い方も変わるらしい。
 ソイツは角を前に突き出し、そのままドスドスとこちらが戦っているど真ん中に突っ込んできた。ゴールドとシルバーはお互いに反対方向へと飛び退き、砂煙をあげながら立ち止まった魔物に視線をやる。


「味方も関係なく突っ込んでくんのかよ」


 いや、小さい魔物は親玉の行動も分かっていたのかもしれない。どちらにしても無茶苦茶な奴だなと呆れ交じりに零す。


「感心してないでさっさと戦え!」


 言いながらシルバーは一匹目を片付け終えたようだ。
 オレと同じで初めて使ってるんだよな……と剣を振るうその姿を見て思ったが、今は呑気に考えている場合ではない。右方向から飛んできた魔物を避けて切り付け、再び互いにカバー出来る距離まで戻ってゴールドも剣を構える。


「こういう時って、大抵はボスを倒せば終わるもんだよな」

「そういうことはそれが出来るだけの実力を持ってから言え」


 ごもっともな意見を聞きながら一匹、二匹と倒していく。小さい奴にすらこれなのに、それを適当にかわしながらボスだけを倒すなんて芸当は二人には無理だ。だが、それが出来るようになるほどここに留まるつもりもない。
 右から左から、正面からと数を利用してあちこちから攻撃してくる魔物をとにかく倒す。実力がなくても自分達は一人ではない。それを補える仲間がいる。


「ここだぁ!!」


 小さいのを片付け終え、大きい奴が突っ込んできたそのタイミングを狙って上から切り付ける。
 幾度かの攻撃で積み重なったダメージが限界を迎えたのか、何度も向かってきたその体は漸く地面へと伏した。


「……はあ、やっと終わりか」


 完全に動かなくなったのを確認してゴールドも剣を下ろす。疲れたと呟きながら剣を鞘に戻し、魔物の傍へ近付くシルバーに視線だけを向ける。


「今度こそやっつけただろ」

「そのようだな」

「あんなに沢山出てくるなんて聞いてねーよ」


 依頼に書かれていたのは一匹の魔物の名前とそれを退治して欲しいという旨だけ。逆にいえば、その魔物が一匹だけとも群れを成しているということも具体的なことは書かれていなかった。可能性として考えられることだろうと言われてしまえば、相手は魔物ということを踏まえて考えれば否定は出来ない。


「後はギルドに戻って報告するだけか」

「その前にちょっと休もうぜ」


 言うなりその場に腰を下ろし始めたゴールドに、シルバーは溜め息を吐きながら魔物の傍を離れてこちらに戻って来た。早く戻るぞと言われなかったということは、少なからずシルバーも疲れているのだろう。
 それもそうだ。なんとか依頼は完了したとはいえ、剣を使った戦いというのはとても簡単なものではなかった。剣を振れば対象は切れるが、それだけでは戦いにならない。思っていた以上にハードだったというのが初めての依頼を終えた感想だ。


「ここの人達って出掛ける時はいつもこんなことしてんのか?」

「退治依頼が出るほどの奴はたまにだろうが、だから護衛を依頼する人間もいるんだろう」


 成程な、と今ならその意味も理解出来る。普通の人が護身用に武器の一つを持っていたところで、隣町に移動するまでに何匹もの魔物と遭遇したら大変なんてものではない。行きは運よく何もなかったが、帰りも同じようにいくとは思わない方が良いのだろう。


「Dランクでこれだろ? もっと上のランクはどんなヤツが相手なんだよ……」

「オレ達では相手にならないのは間違いないだろうな」

「じゃあここにいる間はずっとDランクの依頼受ける、ってことか」

「……何かあるのか」


 変なところで一度区切られたそれにシルバーが疑問を向けると、大したことじゃねぇんだけどさとゴールドは依頼を引き受けた時のやり取りを思い出す。


「オレ達は今、オレ達に似てるっていう奴等の名前を借りてるだろ? 依頼を受ける時にバレたりはしなかったけど、このランクの依頼を受けるなんて珍しいって言われたんだよな」


 どんなランクの依頼であれ、依頼であるからにはギルドに登録している人達がこなしていくことになる。当然全くやらないというわけではないのだろうが、他にランクが高い依頼があればそちらに回ることが多いということなんだろう。
 バレなければ本人達に会いでもしない限り依頼を受ける方は問題ない。けれど普段と違うことが続けば不審に思われる可能性もないとはいえない。


「だがお前にも分かるだろう。オレ達にこれ以上のランクは無理だ」

「だよな……。やっぱ適当に誤魔化すか。あ、他の町に行くっつーのは?」

「根本的な解決になってないと思うが」


 それなりの大きさの町には大抵ギルドがあるらしいが、そこに自分達に似ているその人達が行ったことがないとは考え難い。
 ギルドのシステムがどうなっているかは分からないとはいえ、仕事で行き来することはありそうだし情報は共有されていることも考えられる。いつまでも一つの町に留まるかはまた別の話だが、その人達の振りをするのなら町を移るだけではあまり意味はないだろう。


「まあなるようになるか。他に出来ることがあるワケでもねぇしな」


 それにしても、二人に似ているというその人達はどこにいるのか。そろそろ町に戻って来ていたりしないのかなと思うが、受付のお姉さんが久し振りと言っていたから暫く留守にしているのかもしれない。それならシルバーに似ている人の方を探してみるべきか――。

 考えていたところで「ゴールド」と呼ばれる。何だと聞き返すよりも先にシルバーに左腕を掴まれて、そういえばと怪我のことを思い出した。
 大人しくしているゴールドの腕を捲り、シルバーは怪我をしている部分を消毒して手当てをする。これらの道具は全てここに来る前に購入した物だ。


「悪い」

「珍しく素直だな」

「珍しくってなんだよ」


 人が素直に礼を言っただけで失礼だと言うけれど、大したことがない怪我なら放っておけば大丈夫だと言うような奴だ。珍しいだろう。
 とはいえ、それを言うのはゴールド以上にシルバーの方が多い。お前には言われたくないとは思ったが、手当をしてくれたことには感謝する。


「戻って報告したらギルドで情報集めて、その後は宿屋でも探すか」


 ゆっくりと立ち上がって空を見上げる。オレンジ色に染まった空の端で太陽はまだ顔を覗かせている。だが町に戻る頃にはすっかり姿を消しているだろう。既に夕焼けの中で星が輝いているのが見える。


「歩いてたらいつの間にかジョウトに戻ってたーとかなら楽なんだけどな」

「まだ夢だったと言われる方が現実味があるな」

「こんな意識がはっきりしてて怪我までする夢なんてないだろ」

「お前の言っていることの方がないと思うが」


 分からないだろと言いながら二人は町に向かって歩き出す。

 どうして突然ここにやってきたのか。何が原因なのか、どうやったら戻れるのか。
 原因はあのバトル以外に考えられないが謎は深まるばかり。これらをどう解き明かしていくか。時間はまだまだ掛かりそうだ。