5.
町に戻ってギルドに依頼の報告をし、二階で情報交換を行っていた人達の中に入って話を聞いてみるものの手掛かりはなし。宿屋を拠点に町の周りを調べたり話を聞いてみたり、その合間にはギルドでの依頼をこなしたり、なかなか会えない人達のことを探してみたりもした。
そうこう過ごしながら早一週間。相変わらずギルドで受ける依頼はDランクのものだが、一番初めに比べれば戦闘も多少はマシになったように思う。
「シルバー! 見つかったぜ!」
今日もまたギルドの依頼をこなしながらジョウトに戻る方法を探している。本日の依頼は出掛けた時に失くしてしまったネックレスを探して欲しいというものだった。どうやら旅行の帰りになくしてしまったらしく、北の出口から山道を歩いて探すことになったのだが、それが今やっと見つかった。
「峠越えしなくちゃなんねーのかと思ったけど、その前に見つかって良かったな」
「赤い石のネックレス……依頼品に間違いないようだな」
写真に写っている形と相違点も見当たらない。後はこれを依頼主の元に届ければ依頼は完了だ。
今日は早く終わったなと話しながら二人は通ってきた道を逆に進む。時折出てくる魔物は適当に倒したり逃げたりしながら、昼前にはイセミオの町まで戻って来た。
「ありがとうございます。大事なネックレスだったので見付かって本当に嬉しいです」
そう言って頭を下げる依頼主にまた何かあればと挨拶をかわしたら、残るはギルドへの報告だ。どんな依頼でも必ず最後はギルドに報告することになっているのだ。
それは一先ず置いておくとして、依頼が午前中に終わってしまったから今日は午後が丸々残っている。別の依頼を受けても良いが、ちょっと遠くまで出掛けてみるのも有りだろう。この町で一週間探しても何も見つからなかったのだから、そろそろ場所を変えることも視野に入れた方が良さそうだ。
「ゴールド、午後のことだが……」
午後の予定を決めようとしたその時。ベンチで談笑をしている女性達の会話が耳に届き、シルバーは思わず足を止めた。
「そういえば最近、魔物が増えて来てるらしいわね」
「何かあったのかしら。何だか怖いわ」
ゴールドもシルバーにつられて立ち止まり、聞こえてきた言葉に銀色へと視線を向ける。その銀色もまたこちらへ視線を返してきた。どうやら考えは同じらしい。
「すみません、その話もっと詳しく聞かせてもらえないっスか?」
突然話に割り込んだこちらに一瞬驚いた表情を見せた彼女達だったが、二人の格好から冒険者であることを理解したらしい。
冒険者とは、ギルドに登録している人達のことだ。ゴールド達も今は冒険者として依頼をこなしている。そして、その冒険者は魔物退治も仕事の一つにしている。だから二人がこの話を詳しく知りたいのだろうと彼女達も判断してくれたようで、すんなりと警戒を解いてその話を教えてくれた。
「前から魔物はいたけれど、最近はちょっと町の外に出ればすぐ魔物が襲ってくるらしいわよ。前はこんなに酷くなかったのにねぇ」
「今日も町の傍で魔物に襲われて怪我をした人がいるって話よ」
ここに来て一週間の二人には最近といわれてもピンとこないが、町の人がそう言っているのだからそうなのだろう。町の外に出る依頼であれば魔物に遭遇しないことはないけれど、以前はここまで遭遇するものではなかったということらしい。
「そうそう! 町の外れにある農園にも大きい魔物が現れたって」
女性が思い出したというように話すと、隣の女性も聞いたことがあると相槌を打った。
「農園って、西口を出てずっと行ったところにある……?」
「そうよ。怪我をした人はいないみたいだけど、畑の作物が荒らされたりしたらしいのよね」
「誰かがあの近くで怪しい影みたいのがうろついてたとも言ってたわね」
総合すると、その怪しい影というのが農園に現れた魔物ということだろうか。その魔物が畑を荒らしている、と。そういうことになるようだ。
町外れにある農園の噂をこの町で詳しく調べようとしても難しい話だろう。農園に魔物が現れて何かをしたというのは間違いないとすれば、あとは直接農園に行ってみれば分かる。
「そうなんスか。情報ありがとうございました」
お礼を言って女性達と別れた二人の中で午後の予定はもう決まっていた。
まずは当初の予定通り、一度ギルドへ先程の依頼の報告を済ませる。ついでに農園に現れた魔物のことで何か情報が入って来ていないかと調べてみたが、ギルドに入ってきている情報も似たり寄ったりのようだった。
誰か調査に向かわせようと思っていたところだという話をその場で引き受けて、二人が町外れにある農園へ向かうことにした。
□ □ □
町の西口を出て真っ直ぐ進み、一番初めに魔物退治をした橋を渡ってさらに歩く。道中で何度か魔物と戦闘になったが、それっぽい巨大な魔物や怪しい影には会っていない。
そもそも、怪しい影はただ暗がりで見ただけの何かなのか。それともぱっと見で怪しいような奴なのかすらも分からない。そこも農園で聞いてみないことには調べようがない。
「ここか」
橋を渡った後の分かれ道を左に曲がること数十分。周りは木々に囲まれているその場所に一件の家が建っていた。
「魔物が出て荒らされたっていうのは本当みたいだな」
木戸の向こうに広がっている畑の土が荒れている。一応無事だった部分もあるようだが、これだけやられたら農家にとってはかなりの痛手だろう。魔物の仕業とはいえ、農園の人も災難である。
「とりあえず入ってみるか」
「いや、待て」
一歩踏み出そうとしたところで止められ、振り返って「何だよ」と尋ねたら静かにしろと怒られた。だが、その言葉の意味はすぐに理解した。
「これは……あっちか!」
静寂の中で微かに聞こえた音。この音は農作業によって生まれるよな音ではない。これは戦っている音だ。それもすぐ近く、家の奥の方から。
人様の家であるが今はそれどころではない。畑には気を付けながら敷地の中を突っ切ってそのまま音のする方へ走る。
すると、そこには――――。
「レッド、先輩……!?」
生き物なのかさえも分からない黒い煙のようなものを切ったその人には見覚えがあった。いや、見覚えがあるとかいう話ではないのだが、どうやら敵は今ので最後だったらしい。
ふう、と息を吐いたレッドはというと、手に持っていた剣を腰に収めてこちらを見た。
「ゴールドにシルバー! 久し振りだな!」
いつもの笑顔で挨拶してくれるレッドだが、こちらとしては聞きたいことだらけだ。
「お久し振りです……じゃなくて! 何で先輩がここに!?」
「何でって、ここで魔物が出たって噂を聞いてだけど」
こっちの方に依頼で来たらたまたまそんな話を聞いてさ、とレッドは続ける。そんな話を聞いたら放っておくわけにもいかないし、ちょっと調べてみようとやってきたところでさっきの魔物に出会ったんだとか。
だが、ゴールドが聞きたいのはそういうことではない。否、それも聞きたかったけれど違うのだ。
「そういう意味じゃなくて……」
先輩もこっちに来ていたのか。一体いつ、どうやって。
それがゴールドの聞きたいことだったのだが、言うよりも前にシルバーに制された。代わりにシルバーが別の質問を投げ掛ける。
「さっき先輩が倒したのが噂になっていた魔物ですか?」
「うーん、どうだろう。多分噂になってた奴はその前に倒したヤツだと思うんだよな。最後に倒したヤツはその仲間みたいな感じかな」
噂では敵が複数だとは聞いていなかったが、あれも今回の犯人の一味だったらしい。聞いていた話と実際は違っているなんてことは珍しくもないし、これくらいは誤差の範囲だろう。
だが、気になるのはその倒した魔物のことだ。レッドが戦っていたのはさっきの魔物だけではないようだが、その姿がどこにも見当たらない。
「その魔物とはここで戦ったんじゃないんですか?」
「いや、ここで戦ったよ。だけど、倒したらそのまま消えちゃったんだ」
「消えたって、そんなことあるんスか!?」
ゴールドやシルバーが今まで戦ってきた魔物は、倒したところで姿が消えるなんてことはなかった。普通に考えて倒したら消えるなんて有り得ない気がするが、そういえば先程目の前でレッドが切った魔物もそのまま消えてしまったのを思い出す。
二人は魔物について詳しくはない。もしかして中には倒したら消える奴もいるのかと思ったが、ゴールドの問いにレッドは首を横に振った。
「オレも初めてだ。切った時に手ごたえはあったんだけど」
「倒しはしたんスよね……?」
「魔物が消えている以上、はっきりとは言えないかな。消える魔物なんて聞いたことないけど、新種って場合もあるし」
新種、という単語にそもそも魔物はどこから現れているのかという疑問が浮かぶ。しかし、それはレッドにも分からないそうだ。けれど、昔から生息していたとしても誰も見たことがなければ新種としか呼びようもない。本当に最近になって新たに生まれた魔物の可能性もあるが、それはこの場で話し合ったところで結論は出ないだろう。三人共、魔物の生態については専門外だ。
これ以上の考察は難しいと判断し、話しに一区切りがついたところでレッドは「そういえば」と二人を見る。
「二人はどうしてここに?」
なんだか今更な質問だが、こっちも噂を聞いてギルドの調査に来たのだと答えた。それを聞いたレッドは成程なと納得した後、でも噂の魔物は倒してしちゃったんだよなと苦笑いを浮かべた。
「まあ調査が目的だったし、解決したなら良いんじゃないっスか」
「悪いな。ギルドにはオレから報告しておくよ」
それじゃあオレは行くよと立ち去ろうとしたレッドだったが、足を踏み出そうとしたところで不意に立ち止まり、くるりと視線を森の方へと向けた。
「レッド先輩?」
「何かいる」
え、と森を見るが魔物らしきものの姿はない。けれどその真剣な顔つきといい、レッドは確かに何かを感じているようだ。
隣のシルバーに目で尋ねるが、シルバーも分からない様子だった。野生の勘、それとも単なる実力の違いだろうか。どちらにしろ、戦う準備はしておいた方が良さそうだ。
「出てこい。そこにいるのは分かってる」
レッドがそう言って間もなくのことだ。木々の隙間から十体くらいの魔物達が姿を現した。見たことのない奴だが、どこからどう見ても人ではないから魔物だろう。ぐにゃぐにゃしたゼリー状の体で宙を浮いている奴と地面を進んでくる奴。
魔物が姿を現すなり、レッドは素早く剣を抜いて近くの奴に切り掛かった。それに続くように二人も剣を抜いて地面を蹴る。
「コイツ等、森に隠れてたのか!?」
「分からない。けど、考えるのは倒してからだ!」
あっという間に一体目を倒したレッドは、大きく飛び上がって魔物達の中心へと着地する。それからすぐに剣を横に構え、体を回転させて敵を一気に薙ぎ払う。
「すげぇ……」
思わず感嘆が零れてしまうほどの戦いっぷりだ。ポケモンバトルでも凄い実力を持った人だけれど、これもこれでかなりの実力者なのではないだろうか。瞬く間に敵が減らされていく。
だが、見惚れている場合ではない。こっちだって魔物を相手をしている最中だ。
「シルバー!」
「ああ」
こちらはこちらでコンビネーションを駆使して戦う。といっても、今回はレッドのサポートのようなものだ。レッドの攻撃によって分散された敵を一体ずつ確実に倒していく。当のレッドも次々と魔物に切り掛かり、大剣による強力な一撃を与えている。
「これで終わりだ!!」
最後の一体を叩き斬ると、漸く静寂が戻ってくる。もう森の方からも怪しげな気配は感じられない。今度こそこれで終わりのようだ。
三人はそれぞれの獲物をしまい、詰めが甘かったみたいだなとレッドはゴールド達の元へ歩く。
「大丈夫か、二人共」
「大丈夫ですけど、先輩、凄いっスね……」
勿論弱いと思っていたわけではない。だけど、想像以上にレッドが強かったのだ。今まで人が戦うところなんて見たことがなかったけれど、戦いとはこういうものなんだと直接教えられたような気分だ。これこそが魔物と戦うということなんだろう。
だが、言われたレッドは「そうか?」ときょとんとしている。レッドにしてみれば、いつも通りに戦っただけなのだろう。
「それより、今の魔物も倒したら消えたようですけど」
ゴールド達がここに来た時にレッドが戦っていた魔物と同じ、あれだけいたはずの魔物の姿がどこにもない。戦っている間はきちんとその姿があったはずだが、最後の一撃と思われるダメージを与えると同時に消えてなくなってしまった。
「そういう魔物がこの辺に住み着いたのかもな。消えても倒してるなら問題ないんだけど」
「やっぱり、はっきりとは言えないんスか?」
「魔物にも色々いるからな。危なくなったから逃げたって線がないわけじゃないしさ。その辺もギルドに相談してみるよ」
これが経験の違いという奴なんだろう。消えることがイコール倒したことに繋がらない。だからさっきも曖昧な返事しか出来なかったのだと今の話で分かった。
「ゴールドもシルバーも迷惑掛けたな」
「オレ達も元々調査に来てたんで、気にしないでください」
今度こそ町に戻るからと言ったレッドを二人は見送る。
その後ろ姿を見つめながら、ゴールドとシルバーはそれぞれ別のことを考えるのだった。
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