6.



「で、どういうつもりだよ」


 レッドが行って暫くしてからのことだ。二人はイセミオに戻るでもなく、未だに農園の裏にある森近くにいた。レッドを見送ってからずっと沈黙が続いていたが、その沈黙をゴールドが破った。


「何のことだ」

「レッド先輩のことだよ。人が聞こうとしたのを止めただろ」

「ああ、そのことか」


 言われるまで忘れていたかのような反応に、だから何で止めたんだよと尋ねる声が荒くなる。せっかく色々と話を聞けたかもしれないのに。
 しかし、シルバーは当たり前だろうという風に答える。


「あの人はオレ達の知っているレッド先輩ではないからだ」


 何を言っているんだ、と思ったゴールドは悪くないだろう。あれは間違いなくレッドであった。それはシルバーだって分かっているはずだ。自分達の知っているレッドでなかったというのなら、あの人は誰だったと言うのか。レッド先輩と呼びながら普通に話したのだからレッドでないわけがない。
 そんなゴールドの反応を見て、話が通じていないのだとシルバーも察した。そのことに若干呆れるが、それならゴールドのこの態度も納得だ。


「この世界に来た日の夜に話したことを覚えているか?」


 シルバーの問いにゴールドは頷く。あれはここ、イセミオにやって来た最初の日の夜のことだ。
 見ず知らずの土地で情報収集をした後。Dランクの魔物退治という依頼をこなし、ギルドに報告してから二人は宿屋に部屋を取った。そこでもう一度今日得た情報を整理したのだが、その時に出た結論がやはりここは二人の知っている世界とは別の世界――つまり、パラレルワールドではないかという話だった。


「さっきの先輩がオレ達と同じ状況だったのなら、向こうだってオレ達に聞きたいことはあったはずだろう」

「気が付いてなかったって可能性もあるだろ」

「見ず知らずの世界に突然やってきて、知り合いに会ったらお前ならどうする」

「そりゃあ…………」


 言いかけて止まる。突然やってきた変な世界で知り合いに会ったらどうするかといわれたら、お前もここに来ていたのかと質問するだろう。実際、ゴールドはそうしようとした。
 けれどレッドの回答はゴールドの求めていたものとずれており、それでもあの質問に対する答えとしてはおかしくもないものだった。だが逆の立場だったらどう答えるか。


「それに、この世界にオレ達の知り合いとそっくりな人間がいてもおかしくはない」


 続けられた言葉の意味は説明されなくても分かる。何せ、今自分達はそれを利用してここにいるのだ。自分達に似ている人間がいるのなら、知り合いの誰かに似ている人がいたって不思議ではない。即ち。


「あのレッド先輩は、元からこの世界にいるレッド先輩……ってことか」


 なんだかややこしいがつまりはそういうことだろう。シルバーが頷いたのを見てはあ、と溜め息が零れてしまう。ここに来て一週間、一筋縄ではいかないとは思っていたけれど。


「せっかく何か分かるかと思ったのによ」

「オレ達以外の似ている人間がいるということは分かっただろ」

「そんなの分かったってしょうがねーだろ」


 何の解決にもならないじゃないかと思わず愚痴が出る。愚痴を言っても何も変わらないとはいえ、今のところは何一つ解決策が見つかっていないのだ。愚痴の一つくらい零したくなる。
 だが、やはり愚痴を言っても仕方がない。文句を言っていないで戻るぞとシルバーが歩き始めるのにゴールドも続く。


「だけど、そろそろ他の町に行かねーか?」


 一週間探してほぼ進展はなし。あの町に留まる理由もない。となれば、せめて拠点を変えて情報収集の範囲を広げてみるべきではないだろうか。
 それはシルバーも丁度考えていたところだ。地図にある他の町に行ってみれば新しい情報が掴めるかもしれない。一ヶ所に留まるよりもその方がよっぽど情報も入りやすいだろう。


「そうだな。ギルドへの報告はレッド先輩がすると言っていたし、このまま隣町に――――」


 行こうかと言い切るよりも前に気配を感じて二人はその場を飛び退いた。さっきまで立っていた場所には黒いフードを被った謎の人物が一人。


「テメェ、何モンだ!?」


 突然切り掛かってきたということは戦る気なんだろう。だが、この世界で人に命を狙われるようなことをした覚えはない。こちらが気付いていないだけ、というのも接触した相手が少ないだけに考え難い。
 それとも用があるのは自分達に似ている誰かの方だったりするのだろうか。そうだとすれば覚えがなくて当然だが。


「ゴールド!」

「くっ……」


 相手方に話をする気はないのか。こちらの質問には答えず、右手の剣を容赦なく振り下ろしてきた。それを咄嗟に抜いた剣でなんとか防いだが、どうやら並大抵の相手ではないらしい。
 すぐにシルバーも剣を引き抜いてフードの人物に切り掛かるが、その前にゴールドから離れて距離を取られた――と思ったのも束の間。再び地面を蹴るなり今度はシルバーの方へ向かう。すぐさま体勢を整えたシルバーはソイツの剣を真っ向から受け止め、その隙にゴールドが裏に回ったものの読まれていたらしい。一瞬で体を低くすると足払いで体勢を崩された。


「こっ、のヤロォ!」


 しかし、ゴールドだってそう簡単にやらたりはしない。倒れる前に地面に手を付いて体を起こし、両手で剣を握り直してまずは一撃を狙う。
 けれどその一撃も軽くかわされてしまう。どうやら、この相手は想像以上にやり手らしい。Dランクレベルの依頼で手一杯の二人には厳しすぎる相手だ。


「おいシルバー、どうすりゃ良いんだよ」


 一先ずシルバーの元に戻ったゴールドはフードの人物から目を離さずに尋ねる。二人で力を合わせてこれまで何とかやってきたが、その程度でどうにか出来る相手とは思えない。かといってこのまま諦めるような真似をするつもりもないが、何か作戦を立てなければやられるだけだ。


「オレに聞く前に自分でも考えろ」

「その答えが出てたら聞いてねーけどな」


 剣を使った戦いはポケモンバトルとは全く違う。作戦を考えようにも二人には経験が足りな過ぎるのだ。ポケモンバトルで養ってきたバトルセンスもここでは通用しない。攻撃力、防御力、機動力といった純粋な戦闘力に状況判断能力、その他にも様々なものを必要とするのこの戦いでそれらを持ち得ない場合。どうやってこの場を切り抜けたら良いのか。
 話し合いという手段は選択出来ない。それは一番初めに失敗してる。だから相手が何の目的で自分達を狙って来たのかもさっぱりだ。出来るのならその理由くらい聞きたいものだが。


「おい、フードヤロー! 何が目的でオレ達を狙うんだよ!」


 やるだけ無駄だとしても時間稼ぎにはなるかもしれない。答えて貰えたらラッキーくらいのつもりで尋ねれば、意外にもその人物は動きを止めた。それだけで口は閉じたままだが、先程は容赦なく攻撃を仕掛けてきたというのにどういうつもりだろうか。
 だが、この僅かな時間さえこちらにとっては貴重だ。この状況で二人に選べる道は二つ。このままどうにか勝機を探しながら戦うか、どうにかしてこの場から退却するかだ。後者は要するに逃げるということだが、こんな状況ではあれこれ考えている暇もない。


「ゴールド、ここは退くぞ」


 シルバーが小声で話し掛けるのを聞いて、ゴールドも「仕方ねぇか」と呟く。このまま無理に戦り合ったとして、こちらが勝つ確率は殆どない。どことも知らないこんな世界で命を落とすより、ここは逃げて元の世界に帰る方法を探す方が得策だ。
 ちらと相手を見るが、今のところ攻撃する素振りは見えない。やるなら今しかないかと互いに視線を交えて頷く。


「テメェがどういうつもりかは知らねぇけど、オレ達はテメェの相手してる暇はねーんだよ!」


 言い終えるなり煙幕を地面に叩きつける。同時に走り出して一刻も早くこの場を離れる――つもりだったのだが。


「っ!?」


 いつの間に回り込んだのか。さっきまで向こうにいたはずの相手が目の前にいる。剣の切っ先を喉元に当てられ、ゴールドはその場から動けなくなる。


「ゴールドッ!!」


 シルバーが叫ぶ。もう駄目かと反射的に目を瞑る。
 こんなところで人生が終わるなんて思いもしなかった。もっとやりたかったことが色々あったのに。突然変な場所にやってきて、怪しい男に殺されて終わりだなんて。ジョウトに戻ったら一緒に出掛けるって約束もしたのにななんて思ったりもして。本当、短すぎる人生だった。

 ぎゅっと目を瞑り、次にやってくる痛みに備えた。
 ……が、いつまでたっても痛みはやってこない。不思議に思って恐る恐る目を開けると、フードの右手に握られた剣はゆっくりと下ろされていった。


「……どういう、つもりだよ」


 さっきまでは確実にこちらの命を狙っていたというのに、何のつもりだろうか。急に気が変わったとでもいうのだろうか。それにしたって変な話だろう。
 ゴールドもシルバーもその場から動けず、そのままの体勢でじっとフードの人物を見る。ソイツはふうと一息吐くと、漸く口を開いた。


「別に初めから殺す気なんかねーよ。ただお前等の力を知りたかっただけだ」


 予想外の発言にどういうことだと問い質したかったが、それよりも気になったことが一つ。


「お前は…………」


 疑問を口にしたのはシルバーだった。お前は何者だと、ゴールドが最初に尋ねたのと同じ問いの答えが気になった。何せ、フードを深く被ったソイツの声には聞き覚えがあったのだ。いや、聞き覚えがあるというより。


「ま、いきなり説明もなしに襲いかかったのは悪かったな。けど」


 ばさっとフードを脱いで現れたのは真っ黒の髪。そして。


「それもこの世界じゃよくあるこった、気にすんな」


 そう言って口元に笑みを浮かべたのはゴールドと同じ、金色の瞳を持った男だった。