7.



 自分と同じ色の瞳を見て、金の瞳は大きく開かれた。だが驚いたのはシルバーも同じだ。まさかこんな場所でこの男と出会うことになるなんて。


「お前が、この世界のゴールドか」


 この世界に来てから何度か話に聞いていたゴールドに似ている同じ名前の別人。ついでにこっちのゴールドが今その肩書きを借りている男でもある。
 その名前や噂は聞くのに、本人には全然会うことが出来なかった。その男がなぜここにいるのか。それも二人の実力を知りたいだなんて、まるでこちらのことを知っているような物言いである。


「おう。お前はシルバーか」

「どうしてオレ達のことを知っている」

「それについては話すと長くなるんだけど、場所を移しても良いか?」


 この男に聞きたいことは山ほどある。二人がこちらの世界に来た時から会ってみたいと思っていた人物だ。出来るなら早いところ話を聞きたいのだが、話してくれるのならそれでも良いかとシルバーは頷いた。どうやら殺す気もないようだし、向こうも何かしらの意図があって接触してきたようだ。
 シルバーの答えを聞いたこの世界のゴールドは、それじゃあ行くぞと言って再びフードを被ると先を歩き始めた。その後ろ姿を眺めながら、こっちのゴールドが銀色を振り返る。


「いいのか」

「元々アイツのことも探していただろ」

「いや、そうじゃなくて」


 何が言いたいのか。シルバーが疑問を浮かべるのを見て、ゴールドは口を開きかけたもののそれは声にならなかった。そのまま口は閉じられ、やっぱいいとだけ言って先を歩くゴールドを追い掛けた。
 そんなゴールドの行動に疑問は残るが、今は向こうのゴールドの話を聞く方が先だなとこちらも後を追う。



□ □ □



 そうして移動すること十分程度。農園の傍にあった森を更に奥へと進み、人気のない森の奥までやって来たところでゴールドは足を止めた。


「ここまでくれば大丈夫だろ。色々話したいことはあるんだけど」


 何から話すべきか。そう呟いたゴールドに、時間が掛かるようならこっちから聞いて良いかとシルバーが尋ねる。どっちから話そうと同じだけの時間が掛かるのだ。それなら話したいことのはっきりしている方から聞いた方が良いだろう。
 そう思ってシルバーが言うと、ゴールドは「いや」と言い掛けて「まあいいか」と聞きたいことがあるなら答えると続けた。そのことが少し引っかかったが、とりあえずこちらから質問することにする。


「さっきも聞いたが、どうしてお前はオレ達のことを知っている」

「それはお前等がオレ達の代わりにギルドの依頼受けたりしてたからな」


 シルバー達が情報収集をする過程で彼等のことを知ったように、このゴールドも町を歩いていると二人の話を耳にしたのだ。二人の話というべきか、自分達の話というべきかは微妙なところではあったが、それでゴールドは別の世界からやってきた二人のことを知った。


「正直最初は何事かと思ったけど、こっちにも事情があって割とすぐに状況は把握出来たんだ」


 正確には、それらの情報を整理して分析したのはシルバーだけど、とゴールドは補足した。それを聞いて疑問をぶつけたのはもう一人のゴールドだ。


「なあ、そのシルバーは一緒じゃねぇの?」


 ゴールドが初めに情報収集をした時、自分に似ているゴールドの話とシルバーの話を何度も聞いた。その時に二人が一緒にギルドの依頼をこなしているような話も聞いていたから、てっきり普段から一緒にいるものだと思っていたのだ。
 けれど、今ここにいるのは自分に似ているその男のみ。こっちのゴールド達だって普段から一緒にいるわけではないが、最近姿を見せていなかったのは二人共だと聞いていたからその点は気になっていたのだ。


「あー……まあ、いつもは一緒にいるぜ。今はここにいねーけど」


 なんだか歯切れの悪い言い方をされる。これは何かあるのか……いや、何かあると受け取るべきだろう。他人の空似、ただの偶然。ここに来てから自分に似ているその人の話を聞く度にそう思ってきたが、自分達の知っているレッドとほぼ同じレッドに出会い、今も目の前には自分と同じ人間がいる。そしてここはパラレルワールドとくれば答えは出ているようなものだ。
 そのパラレルワールドについてはまだ確証はないけれど、そうである可能性は高いという結論が出ている。尊敬する先輩と似ている人に会った時点でこれほど似ているならと思ったが、本人に会ったら確信が持てた。勿論、自分達は全く同じ人間ではないのだろうが。


「そのことも含めて、お前等には協力して欲しいんだ」

「そのことって、シルバーのことか?」

「シルバーだけの話でもないんだけどな」


 むしろお前等にも関係あるんだけど、などと言われたら少なくとも事情を聞かずにはいられない。どういうことだと二人は話の先を促す。


「お前等はこの世界の人間じゃないんだろ?」

「そうなるだろうな。オレ達は元の世界に戻る方法を探している」

「多分だけど、こっちの問題が片付けばお前達は自分の世界に帰れると思うんだ」


 それはつまりどういうことなのかというと、どうやらこの世界では今ちょっとした問題が起こっているらしい。この世界というより、正しくはこちらの世界のゴールドとシルバーにだ。
 そもそも、二人がこの世界に迷い込んでしまったのも実はこちらの世界の二人が原因だと思うとゴールドは話す。当たり前だが、二人が故意的にこのようなことを引き起こしたのではない。偶然が重なった結果、予想外のところにまでその影響が及んでしまったのだ。二人がその事実を知ったのも最近――ゴールドとシルバーの存在を噂に聞いたからなのだが、だからこそこうしてゴールドは二人の前に現れた。


「オレ達はギルドの依頼でイクツの塔へある調査に向かったんだ」


 イクツの塔というのはここよりずっと北にある古い塔だ。あれはこの世界の二人が塔の近くにあるアマヅキという町に、やはりギルドの仕事で行った時のことだった。
 依頼を終えてアマヅキにあるギルドに報告に立ち寄った時、この辺りでは最近魔物の動きが活発になっているという噂を聞いた。そして、その原因は古の悪魔だと。


「ちょっと待て。この世界には悪魔なんてのが実在してんのかよ」

「実在してるかはともかく、大昔にイクツの塔に悪魔を封印したって話が残ってたんだ」


 だから魔物が増えたのもきっとその悪魔のせいだと噂されるようになった。その塔が町の近くに建っていたのも理由の一つだろう。それらが結び付けられてしまったのも仕方がないのかもしれない。
 とはいえ、本当に大昔。イクツの塔に悪魔を封印したのかは定かではない。ただの言い伝えか何かだろうとも思ったのだが、その塔自体がかなり古くからあるもので真偽は不明。けれど魔物が増えているのは事実とくれば、それを調査するのがギルドの仕事。そこで白羽の矢が立ったのが、丁度アマヅキにやってきたゴールドとシルバーだった。


「魔物が増加した理由の調査と、可能ならその原因の排除。難しい依頼じゃなかったはずだったんだけど、それが思った以上に厄介なことになっちまってな」


 原因の排除は困難ならば改めて討伐体を組めばいい。一先ずその原因を調べることが二人の仕事であり、無理をする必要はなく危険ならすぐに引いて構わない。
 当然二人もそれを承知の上で挑んだ。それがあんなことになってしまったのは、完全にこちらの不注意だった。


「厄介なこと?」

「ああ。たかが言い伝えだと思っていた悪魔が本当に復活してたんだ」


 まず悪魔が実在していたことにも驚いたが、それでも悪魔は封印されているはずだった。その封印が解けていたのは、どこかの馬鹿がその言い伝えを信じて独自に研究をした成果らしい。厄介なことをしてくれたと思ったが、それをした本人は悪魔にやられて既に亡き者となっていた。


「え、でもお前がここにいるってことは倒したんだよな?」

「倒したぜ。苦戦はしたけどなんとかな」

「それなら何が問題なんだ」


 魔物が増えた原因と思われる悪魔の討伐は完了した。これで解決したのではないかというシルバーが言うように、この依頼にあたった二人もこれで終わりだと思った。


「悪魔なんていうだけあってタダで死んではくれなかったみたいでよ。その悪魔が言うには、オレ達は呪いに掛けられたらしいぜ」


 お蔭で散々だとゴールドは苦笑いを浮かべる。呪いを掛けたなんて言われてもどうせハッタリか何かだろうと思ったのだが、悪魔にはそのようなことも出来てしまうらしい。まさかそんなことまで出来るとは思わなかったが、悪魔の仕業だと言われればそうなんだと思うしかない。かといって、いつまでも呪われたままなんてのは御免だ。
 それはお前等も同じだろ、と金色が投げ掛ける。唐突に尋ねられた二人は、それはそうだけどと答えながらもどうしてこっちに話を振るんだと不思議そうにしている。その反応も当然だよなとは思うけれど。


「んでもって、お前等がこの世界にやってきたのも多分それが原因だぜ」


 言えば、二人に「は?」「どういう意味だ」と疑問をぶつけられた。やっぱりこうなるよなと思いつつ、そう思った理由を補足する。


「オレ達が悪魔に呪いを掛けられた時とお前達がこの世界に来たタイミングが重なるんだ。それと気になるモンも見つけてな」

「それだけでオレ達がここにいる原因だと言えるのか?」

「けど、そっちも元の世界に戻る手掛かりは見つかってないんだろ?」


 つまり、絶対そうだとは言えなくとも可能性はある。むしろこの状況では十分考えられる可能性の一つだろう。そんなことあるわけないと否定が出来ないくらい、二人はもう多くの非現実的な事態に遭遇しているはずだ。異世界にやって来たなんてのがその最もたる例だ。
 そのため、シルバーはゴールドの言い分を否定出来ない。だから協力してくれないかとゴールドが頼むのを無碍にも出来ないわけだ。


「……分かった。お前達に協力する」

「サンキュー。助かるぜ」


 それで具体的に何をすれば良いのか。その内容を聞こうとシルバーが問うが、ゴールドは「でもその前に」と視線を二人から外し、腰の獲物に手を掛けるなり一気に引き抜いた。


「なっ……!?」


 ゴールドが剣を振り払った先にあったのは、またも黒い影のような物体だった。やはりゴールドが切った後にその姿は消えてなくなってしまったが、こちらに敵意を持っていることは間違いない。前方、後方、それから左右と十数体もの魔物が姿を現す。


「コイツ等、また……!」

「ったく、次から次へとキリがねーな。悪ィけど話はコイツ等を倒してからだ」

「そのようだな」


 そっちは頼むぜ、と言ってゴールドは二人の間をすり抜けて影の一体を切り付ける。そのまま今度は左手を近くにいる敵の方へと向け、次の瞬間にはバンッと銃声音が響く。
 右手には細身の剣、左手には拳銃。二つの武器を両手に構え戦う、それがこのゴールドの戦闘スタイルらしい。


「こっちも行くぞ、ゴールド!」

「分かってるよ!」


 人が戦うのを見ているだけというわけにはいかない。二人の前にも魔物はいるのだ。
 それぞれ剣を構え、二人は一斉に地面を蹴った。