夕飯も終えて使っていなかった部屋にアイツを案内して。気がつけば時計は深夜を回っていた。時間が流れるのは早いもんなんだな。アイツがいたからかもしれないけど。
昼間の様子からしてもアイツは納得してこの家にいるわけじゃない。オレの目を盗むなら、必然的に出て行くのはこの先の時間ってわけか。少しは信用してくれても良いものの全然信用しようとはしない。一応、初めて会った奴にそれを求めても無意味かもしれないけど。
月の満ちた宵 2
自分の部屋にいながらも特にすることがあるわけでもないので適当に時間を潰す。こんなことをしているなんて悪趣味だなとも思うけど。それでも、アイツが出て行こうとするのを見過ごすわけにもいかないし。まぁ、引き止める理由とした理由はないが。あくまでも個人的な理由だから。
遠くで物音が聞こえる。
その音を聞いて、やっぱりなと思う。それが分かっていたからこうしてわざわざ起きて待っていたんだけどさ。
「こんな時間にどこに行くんだ?」
声を掛ければすぐにこっちを振り向いた。確か昼間も最初にこんなやり取りをしたよな。突然声が聞こえれば驚きもするだろうけど。
目の前のコイツはオレの姿を確認するなり視線を逸らした。見つかったか、とか思ってるんだろうな。これくらいの行動ならオレにだって予想することは容易い。
「何か欲しい物でもあるのか?」
言いながらそんな訳ないよなと思う。的外れな質問にも程があるかな。これくらいなら大丈夫な範囲だろう。夜に食べたいものがあってちょっと買出しに行くぐらいこのご時世では普通のことだ。だからといって、オレがそれに当て嵌まる訳じゃない。
何も答えないのは、何かを言えばまた昼と同じような話になると思っているからか。オレとコイツの意見が同じにならない限りそれが続くのも当たり前のことだ。
「お前が話してくれないと分からないぜ」
オレの考えていることは予想でしかない。予想が外れているとは思っていないけれど。
暫くの間を置いて発した言葉は「別に」の一言。話が長引けばこっちが押し切るだろうことは経験済みだからな。当たり障りのない言葉を選んだってところか。
だけど、このままでは一向に話が進まない。こうなればこっちから話すしかないか。
「……出て行って、どうするんだよ」
「お前には関係ないと言っただろ」
そりゃあオレとコイツは他人だ。けど、お前に関係なくてもオレにはあるんだよ。オレは何もなしに引き止めようとするようなただのお人好しではない。理由があるからこそ引き止めるんだ。
コイツはオレがそこら辺の人間と同じで物好きで面倒見が良い奴って思っているかもしれないけど。オレはそんな人間じゃない。
「オレはどうするかの答えをお前から聞いてない」
「それは答えただろ」
「あれは嘘だったからな」
あんなバレバレの嘘が俺に通じるわけないだろ。世間一般的にはあながち外れた答えではないかもしれないけれど、見ていてすぐに分かるレベルだ。
銀色が睨む。嘘だと言える根拠に曖昧な答えを出しても納得はしないだろうけど嘘だと思うのは事実だ。アレはコイツが、シルバーが考えた一般的な回答。
「普通にって、それが出来てたらここにいないだろ?」
「余計なことをしたのはお前の勝手だ」
助けてやったっていうのに。礼を言う必要は全くないとでも言うのか。素直じゃないというか、それも本心なんだろうな。
次の言葉を考える。昼と同じやり取りでは何も変わらない。シルバーの奴が出て行こうとする理由も分からなくはない。それを世間一般に当て嵌めれば、の話だけど。生憎、オレはその世間一般に入る部類ではない。
「迷惑が掛かるとかって言うならそんなことは気にすんな」
「お前が気にしなくてもオレが気にする」
寝床や食事のことなんて空いている部屋を貸したりいつもより多めに作るだけのことだ。これといって迷惑になることはない。
まぁ、シルバーが言いたい迷惑っていうのは……。
「食事、か?」
「全てだ。オレは行く」
「一体どこに、人でも探しに?」
さっさと出て行こうとしたシルバーの動きが止まった。オレの言葉のおかしさに気付いたのだろう。普通なら場所や物を指すべき言葉。その内の一つが明らかに違っているのだ。違和感を覚えるだろう。
振り返ったシルバーはこの距離を保ったまま身構えた。
「お前……ハンターか?」
ハンター。吸血鬼を狩る人達のことを、世間ではそう呼ぶ。これもこの世界での仕事の一種。人を襲う吸血鬼を放っておけば人間はいなくなってしまう。それを阻止するためとでも言えばいいのかな。
つまり、吸血鬼とハンターは敵同士。狩る者と狩られる者。
投げ掛けられた問いには答えずに笑みを浮かべた。本当は苦笑の方が合うのだろうけれど。
「オレをどうするつもりだ……?」
一気に警戒心が上がる。無理もない。ハンターは本来、吸血鬼を狩る立場だ。そんな奴がここにいろと引き止めようとしているんだからな。警戒されてもそれは当たり前。
「安心しろよ。オレはお前の敵じゃない」
そう言って信じてくれる人ってどれくらいいるんだろう。ましてや敵に。それこそベタなドラマの敵方が罠に嵌めようとしているような台詞だ。オレにそんなつもりは毛頭もないが。でも、オレがハンターという立場の人間であることも間違いない。
「何を根拠に信じられる」
「根拠な……。やっぱりそれは必要か」
敵が信じてくれと言ってはいそうですかなんて答えるのは馬鹿ぐらいだ。だけど、今のオレには根拠として示せるものがない。言ったところでそっちの方が信じられないと言われるだろう結果は想像出来る。
信じて欲しい。嘘ではないから。
そこに信用出来る根拠がないというのなら。
「信じてくれ。信じられないのなら、今ここでオレを殺せば良い」
そうすれば余計な情報が漏れることはないから。ただ出て行った所でオレが他のハンターに何も言わないとは限らない。たった二つの簡単な選択だ。
答えは信じられるか信じられないかだけ。信じられる理由も明確に出来ないオレに出来る唯一のこと。あとはシルバー本人が決めれば良い。
「出て行こうとしたってことは食事のためだろ? オレを殺せば出て行ける上に食事も摂れる」
引き止めたい。ここにいて欲しい。オレはお前に…………。
「どうして、そんなことを言う」
小さな声が響く。根拠を挙げるわけでもなく二択を迫ったその理由は根拠を示せないから。それで信じて貰いたいから。
「別に死にたい訳じゃねぇよ。お前に信じて欲しいだけだ」
そう、それだけ。
いきなりこんな選択を出すなんて酷い話だと自分でも思う。でも、これが一番簡単で分かりやすい。今のオレに根拠を言うことは出来ない。それが言えれば良かったのだけど。この場ではハンターである事実しか伝えられない。
「なぁ、どうする?」
あとはお前次第。どっちを選んでもシルバーが出した答えならオレは受け止める。
だから、お前の答えを教えてくれ。
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