敵ではない? お前はハンターだと言うのに?
 本来ならこうして話すこともないような者同士だ。ハンターはオレ達を狩る。そのための存在だ。それなのに信じろというのはどういうつもりだ。それも演技であり嘘なのか、本心からの言葉なのか。根拠も何もなしにオレに信じろ言うその心は何なのか。




 





 辺りが暗い。理由は簡単だ。オレ達吸血鬼は光が苦手だから。だから活動時間も夜が主だ。実際の今の時間は確認してみればすぐに分かること。


「おい」


 オレが言えば「何だ?」と短い返事と共に振り向いた。視線は自然と手に持っている物へと向く。


「一体どこから入手しているんだ?」

「ああ、コレのことか」


 何を指しているかはすぐに伝わったらしい。コイツが何を手に持っているかといえば、赤い液体の入った袋。
 奴が言うに、輸血用の血液らしい。どこからそんな物を手に入れてくるのだろうか。普通に入手出来るようなものではないと思うのだが。ハンターだからということはないだろう。持っている意味が分からない。
 一人で考えているとその疑問に答えるべく話を続けられた。


「必要だろうからちょっと、な?」


 それは世間で言う犯罪ではないのだろうか。つまりは盗んで来たわけだ。確かにオレが食する物は人間の血であることに違いはない。ソレがなければオレは生きていけないから、実際ソレは必要だが。
 二択を迫られた夜、オレはコイツを信じると答えた。本当に信用出来るかは分からないがオレを襲ったハンターから助けたのは、同じくハンターであるコイツだ。それにあんな顔で言われれば嘘にも思えなかったから。


「いつ盗みに行っているんだ?」

「人聞きの悪い言い方するなよな」

「事実だ。それとも違うというのか?」


 返事はない。盗んだのはやはり事実という訳だ。だがコイツは気にした様子もなく「まぁ良いじゃねぇか」と流す。この際深く追求することはやめよう。
 話題を変えるように「あ、そうだ」と話を切り出される。ハンターの仕事で出掛ける時にでもついでに行くのだろうか。そういえば、あの出来事があった次の日からソレはあったと思う。オレが起きた時にはコイツはソレを手にしていたのだから。あの時はいつ手に入れてきたんだろうか。


「オレ、今夜出掛けてくるから」


 ハンターの仕事である狩りに出歩くのは当然吸血鬼の活動時間である夜だ。コイツから聞いた話によれば、昼も情報収集をしたりと仕事もあるようだ。コイツにも仕事はあって、昼に出掛ける時もあれば夜に出掛ける時もある。今日は夜にということだろう。そう納得して分かったとだけ返す。


「それで、一番初めの時はいつ行ってきたんだ?」


 話を戻せば明らかに嫌そうな表情を浮かべる。一応、質問は変えたんだが。
 最近のことは時間があるから良いとして一番最初はどうしたのか。オレが起きるまでの間、というのが妥当か。それ以前から用意していることはまず有り得ない。輸血用の血液を必要とすることなど一般の生活の中ではない。


「別に、んなもんどうでも良いだろ」

「だったら答えても良いと思うんだが」


 それでも答える気はないらしい。答えがなくて困るものでもないか。
 最初といえば、オレはコイツに助けられた訳だ。ハンターがオレを狩ろうとしている中で助けるという正反対の行為。あの時のことをはオレは諦めと同時に意識を手放してしまったから知らない。ハンター同士で助けることに意見が纏まるとは思えない。
 先程の質問は答えて貰えないというのなら今度は別の質問を投げ掛けることにしよう。オレが一人で考えていても答えは見つからないが、コイツは全て知っているはずだ。


「お前は、どうやってオレを助けたんだ?」

「どうって、普通に」

「ハンターだろ。お前も、他の奴も」


 普通の基準は何なのか。それを聞きたくなる。
 少しの間考えるようにしてから、躊躇いながらも言葉を発した。


「あー……あの時お前を見つけたのって、オレだったんだ」


 質問の答えではないが何気に問題発言をしてくれている。コイツはハンターで、オレを襲ったのも当たり前だが吸血鬼を狩ろうとしているハンターだ。
 つまり、オレが見つかった原因は。


「お前のせいでこっちは大変だったんだが? それでいてよく信じろと言えたな」

「だから! 助けただろうが!!」


 ハンターと一概に言ってもどこか違う考えを持つ奴もいるのかと思っていた。だが、元の原因がコイツだと分かれば話は別だ。あの時、オレはコイツを信じようと思ったがその選択は正しかったのだろうか。その決断をした自分さえ疑いたくなる。
 次には、隣から「悪かった」と謝罪が述べられる。互いの立場からしてもハンターが吸血鬼を探すのは不自然ではない。だが、その言葉が敵ではないと言ったコイツの本心であろうことは理解出来た。


「見つからないようにするつもりが失敗しちまってな」


 気まずそうに話すのはそのことを悔やんでいるからだろう。ハンターがそれで良いのかと思うが、コイツなりの考えがあるのだろう。それでよくハンターをやっていけると思うが。
 そういえば、コイツの話はオレ達を狩るつもりはないように聞こえる。実際、オレはこうしてコイツの元で生活しているわけだ。毎回そんなことをしているのだろうか。それとも、まだハンターになったばかりなのか。


「いつもお前はそうしているのか?」

「まぁな」

「ハンターになってどれくらい経つんだ?」

「どれくらいって、覚えてねぇけど多分一年半ぐらい」


 一年半もそんなことを続けているのか。そもそも、どうしてコイツはハンターになったのかが分からない。周りに怪しがるような人間はいないのだろうか。上手くやっているから今も続けられているのだろうけど。だが、ハンターの仕事と正反対のことをしていてどうするつもりなのか。
 それもオレ達側から言ってみれば損になることではない。けれど、明らかにハンターである必要がない。どうしてハンターという仕事を選んだんだ。


「案外やっていけるもんだぜ」


 まただ。コイツは時々こんな表情を見せる。何と表現すれば分かりやすいだろう。どこか遠くを見つめているような、無理をしているような。そんな笑み。その理由は分からない。
 同じ話題を続ける気にもなれず、ふと思い出したように尋ねる。ハンターなら何か知っているかもしれないと思ったからだ。


「お前に聞きたいことがあるんだが」

「何だよ」


 それはオレがこの世界を探し回っている理由だ。もう見つけることは出来ないと一度は思ったが、救われた命がここは在る。


「探している奴がいる」

「オレに聞くってことは、ハンターか?」


 その言葉にオレは首を横に振る。ハンターであるコイツに聞くのはその逆の意味だ。


「吸血鬼だ。仕事で会ったりするだろ」

「あーそういうことか。一応、吸血鬼を探すことが仕事だからな」


 若干仕事の内容が違うような気がするが気にしないでおこう。それも間違っているわけではないのだろう。見つけなければ意味がないのだから。
 探すのが吸血鬼だと分かると今度は「それで、どんな奴を探しているんだよ」と尋ねられる。どう説明しようかと悩んだが、一番初めに思ったことをそのまま口にする。


「お前に似ている」

「は!?」


 何がだよ、と分からない部分について聞かれる。これでも分かりやすく言ったつもりだ。言葉が足りないことくらい自覚している。


「見た目だ。ただ、アイツは金色の瞳を持っている」


 答えると一瞬。本当に一瞬だけ漆黒の瞳が揺れた。だがすぐに「今度資料を探してみるな」といつものように話した。
 本当は性格も似ているのだがそれは言ったところで分からないだろう。最初の出会った時、オレは真っ先にアイツに似ていると思った。けれど違うと認識したのは瞳の色。アイツの持つ独特な金色は、とても珍しい色だ。


「でも、何でまたソイツを探しているんだ?」

「大した理由はない」

「何だよそれ」


 理由もなしに探しているわけではない。でも、ここでそれを話しても仕方がないのだ。これはオレ達の世界のことだから。この世界とは違っているんだ。
 今、オレが確実に分かっていることは、アイツがこの世界にいるということだけ。他に手掛かりは全くない。どこで何をしているのかも分からない。

 お前は今どこにいるんだ、ゴールド。