探している奴がいる。だからこの世界に来たっていう訳か。
 だけど、シルバー。そんなことのためにわざわざこっちの世界に来る必要なんてないんだぜ? お前がソイツを探さなくても何の問題もない。お前は、お前のやるべきことをしていれば良かったのに。
 日が暮れて月が顔を見せた。さて、そろそろ出掛ける時間だ。




 





 ハンターっていうのは、大まかに言えば昼の情報収集と夜に直接出向く二種類の仕事をする。この一ヶ月近くでオレはどっちの仕事にも出掛けたことがあった。だから特に何を聞かれるわけでもなくこうして家を出た。
 本当のところは、今日は仕事ではない。否、ある意味では仕事なのかな。まあそんなことはどうでも良いけど。


「あら、久しぶりね」


 報告を済ませたところで声を掛けられた。茶色い長い髪を持つこの人とはここに来た時には良く会う。この人の仕事がオレがここに来る理由と大きく関係があるからだ。


「ブルーさん、久しぶりッスね」

「もう報告には行って来たところかしら?」


 それに肯定を示せば、次に出て来たのは「何かあったの?」という疑問だった。相変わらず鋭い人だ。オレが分かりやすいって訳ではないと思う。
 それからちょっと寄って行かないかと誘われてブルーさんの後を着いて行った。せっかく誘われたのに断る理由もない。それに、ブルーさんだったら知っているだろうことを聞いておきたかった。オレがここで会える人といえばこの人であり、何よりアイツのことを良く知っているのもこの人だ。


「それで、何があったのよ」

「ブルーさんに聞きたいことがあるんスけど」

「あら、何かしら」

「シルバーのこと、ブルーさんなら知ってますよね……?」


 ブルーさんとシルバーは兄弟のように仲が良い。本当の兄弟っていう訳じゃないけど、昔から面倒を見てくれた人らしい。だからシルバーはブルーさんを実の姉のように慕っているし、ブルーさんもシルバーを本当の弟のように可愛がっている。
 そんなブルーさんだったらシルバーのことを知っているだろう。何でこんなことになっているのかを。


「知っているわよ。もしかして、あの子に会ったの?」


 勘が鋭い、というより何もかも見通されているんじゃないかとさえ思う。何でこの人はこんなにオレのことが分かるんだろうか。おそらく、オレだけじゃないとは思うけど。この人に口で勝てる人なんているのか。オレが知る限りでは思い当たる人はいないような気がする。


「たまたまッスよ。オレが仕事の時に見つけただけですから」

「仕事って、シルバーに何か……」

「ないに決まってるでしょ。まぁ、失敗して他のハンターに見つかって大変でしたけど」


 どうして失敗したのか、なんて分かってる。この場にいないはずの人を見つけたから。それで一緒に仕事に出ていたハンターに見つかったっていう、なんとも間抜けな話だ。オレのせいでシルバーが殺されるのは絶対に嫌だった。だからどうやってでも助けようと思って助けた。
 はっきり言えば、オレのせいでシルバーを危険な目にあわせた。アイツの力になりたいと思ったから家にいろと引き止めた。オレはアイツが大切だから。


「ブルーさん、どうしてシルバーがあんなところにいるんですか?」

「あの子から何も聞いてないの?」

「聞けるわけないじゃないッスか。オレはアイツの敵ですよ」


 敵、なんだ。ハンターという仕事は。
 いくら敵でないと言ってもハンターと吸血鬼の間には大きな壁がある。別にオレ自身は敵として狩ろうという考えを持っていないけど。それでも仕事だけをみれば敵だ。それ以前に、会って間もない人にそんなことを聞けるわけがなかった。


「それに、オレは人間ですから」


 そう、オレは人間だ。吸血鬼であるシルバーとは住む世界が違う。根本的なところで二つの存在が交じり合うことはない。
 オレの言葉にブルーさんは複雑そうな表情を浮かべた。このことは紛れもない事実だから気にすることなんてないのに。


「良いんスよ。オレだって分かってます」


 これはオレが引き起こした問題。一応、オレだってこのことを理解している。受け入れたくはなかったけれど、受け入れざるを得なかった。事実と向き合わなければ、生きていけなかったから。
 ……まぁ、そんなオレの話はどうでも良いわけで。話を戻すことにする。


「それで、シルバーはいつから何のために? オレを探してるって言ってましたけど」

「そこまで聞いているの? それなら直接聞いても良かったじゃない」

「聞いたっつーか、聞かれたんス。それなりにハンターやってるから会ったことがないかって」


 それを聞いた時、何て言えば良いのか分からなかった。探してるって、どうしてそんなことをしているのか。疑問より何より先に、シルバーがオレのことを探していたということに驚いた。もう三年以上も会っていなかったのに。
 アイツはオレに似ていると言っていたけれどオレ自身であることには気付いていない。それも当然だった。人間のオレにはシルバーの言う金色がないから。


「隠してるの?」

「そうじゃないッスよ。ただ、会えないだけです」

「会えば良いじゃない」


 今。
 付け加えられた言葉と同時に青い瞳がオレを真っ直ぐに見た。金に光る珍しいと言われる色の瞳が交わる。
 ブルーさんは知っている。それはセンパイが情報部に所属しているからだ。だからオレはここに来るとブルーさんによく会う。情報部に所属しているからこそ、シルバーの探しているオレがアイツに会ってやれるのが今だということも分かっている。


「ゴールドを探しているって聞いたんでしょ?」

「無茶言わないでくださいよ。オレだってやらなくちゃいけないことがあるんですから」

「あら、そうだったの」


 嘘だと思われているよな、絶対に。本当に忙しかったら今こうやってブルーさんと話していない。だけど嘘は言っていない。オレはここに報告をしに来たんだ。その報告も終わったんだろって言われてしまえばそれまでだけど、他にもやらなければいけないことがあるのも事実だ。今すぐにやるべきことでないだけで。
 そういえば、名前を呼ばれるのっていつ振りだろう。いつも仕事では名前を変えているから。あっちに合う名前の方が良いだろうと思ったのとオレが区切りを付けたかったっていう理由。


「それで、どうなんスか」


 度々逸れていく話の軌道修正をする。これだけ話しているというのに本題については全然進んでいない。一体何の話をしているんだろう。話の根本は全て同じだと思うけど。


「シルバーがそっちに行ったのは半年くらい前よ。止めたんだけど聞かなくて」


 あのシルバーがブルーさんの言うことを聞かないなんてことがあるのか。まずはそこに驚く。この人が止めたならなんだかんだで最後は聞きそうなものだけど。でも、実際にそうじゃなかったからシルバーはオレの家にいるんだよな。
 そこまでして来るのは何のため? 理由を考えても特に思い浮かぶものはない。


「アイツは行く必要はなかったですよね?」

「そうね。渋々納得してたから」


 これは三年位前の話だ。どこの世界にも決まりごとは付きものだ。
 吸血鬼の世界では、ある一定期間は人間と同じ世界で暮らさなければならないという決まりがある。それは吸血鬼にとって厳しい今の世の中で生きていくために必要だからだ。
 絶対に必要か、と聞かれれば実際はそうでもない。そこでずっと生活をしていればそんな経験はいらない。だけど実際にそれが出来るのはほんの一握りの人だけで、そんな簡単な話ではない。シルバーはその極一部の人だった。


「半年って、また突然ッスね。何かあったんスか?」

「ゴールドは、半年前に何があったか覚えてる?」


 半年って言われても分からないから聞いているんですけど。とりあえず一度くらいは考えてみる。だけど、半年前って言ってもオレは普通にハンターとして仕事をしたりしながら生活をしていただけ。ここにも一回は来たけれど報告だけだ。
 それ以前にオレはここにいなかったから覚えているも何もないと考え付く。ブルーさんが話すってことはここでのことだろう。それで覚えているかって聞かれても正直困る。


「オレがここに来たのがいつか知ってますよね……」


 言えばブルーさんは気付いたようで「正確には三年前のよ」と付け加えた。つまり、三年半前ってことか。三年半、って言えば一つは思い浮かぶ。けど、それとこれとの関係性が見つからない。


「シルバーに関係ありそうなことって言われても覚えてないですよ」

「何も思い出すことはなかったの?」

「一つありますけど、アイツと何の関係もないように思うんスけど」


 オレの答えを聞いたブルーさんは溜め息を吐いた。
 だけど、昨日今日の話じゃないんだぜ? 三年半も前のこととなればそこまで色んなことを覚えているわけじゃない。それは俺に限ったことではないと思う。誰だってそうだよな。


「多分、それで合ってると思うわよ」


 何とは答えていないけれど、ブルーさんはオレが思い浮かんだことが予想出来たらしい。まず最初にオレに覚えているかって聞いたくらいだ。オレが覚えているような印象に残ることなのか。でも、関係性は結局分からない。それを聞こうと口を開こうとした時、電子音が部屋に響いた。
 全く、何の用だって言うんだ。


「どうかしたんですか?」

『緊急で来て貰いたいんだが』

「他に誰もいないんですか」

『みんな出払っているんだ。頼んだぞ』

「…………了解しました」


 小型の連絡用の機械。仕事用に支給されているそれからの連絡だったのだがオレに拒否権はないのか。今日は無理だって事前に言っておいただろ。
 隣でブルーさんが苦笑いをしている。大体のことは分かったらしい。


「仕事、大変ね」

「迷惑な話ッスよ。こっちにも事情があるっつーのに」


 強引に取り付けられた仕事に出てくるのは文句ばかり。ブルーさんとは話の途中だし、オレには今日やらなくちゃいけないことがあるんだ。何の為の休みなのかって聞きたい。
 とはいえ、決まってしまったものは仕方がない。行く以外に選択肢は残されていない。みんな出払ってるって、夜の奴等のことだけじゃねぇだろうな。そうだったら連絡を寄こしたソイツに直接文句を言ってやる。


「頑張ってね。あとは本人から聞いてみたら?」

「ブルーさん、だからそれは無理ですって」


 そんなやり取りをしてオレはドアに向かう。ブルーさんに簡単に挨拶を済ませて部屋を出た。外まで行くと風が一筋通り過ぎて行った。妙に木々の音が騒がしく聞こえる。
 何か、あったのか……?
 確信はない。これはただの勘だ。でも、さっきの連絡からして吸血鬼に関することで何かがあったのは間違いないはずだが。

 嫌な予感なんて当たって欲しくねぇな。そう思っていると余計に当たりそうで怖いけど。

 ここで立ち止まっていても意味がない。連絡の最後に聞いた場所を思い出してゴーグルを付けそこへと向かう。
 こんな勘、外れてくれれば良いんだけどな。