自分でも間抜けな話だと思う。一ヶ月前の二の舞とでも言えば良いだろうか。
 オレはこの家で生活するように言われているだけであって外出が禁止なわけではない。だから人探しのために街に出掛けることも度々あった。それは今回も同じはずだった。
 待ち伏せ。そんな予想外の出来事が起こるとは思いもしなかった。




 





 薄暗くあまり広いとは言い難い部屋。それがオレの今いる場所だ。ここに一人でいるわけではなく、他にも人間が数人。誰かと聞いた訳ではないがハンターであろうこと分かる。だが、どうして捕らえる必要があるのかまでは分からない。ハンターはその場で吸血鬼を狩る。


「さてと、あとは待つだけか」


 そう言ったのは先程までここにいない誰かと連絡を取り合っていた男だ。近くにいた別の奴が「わざわざ待つ必要があるのか?」と聞いているが「直接聞き出さないとだろ」と男は笑った。それに納得したのか男以外の奴等はそれ以上は何も聞かなかった。
 待つ、というのは誰をだろうか。オレが狩られる訳でもなくここにいるのは何か関係があるのだろう。オレと関係があってコイツ等とも関係がありそうな人間といえば一人しかいない。そもそも、オレは人間の知り合いは一人しかいないのだが。


「処分はどうするんだ?」

「それはまず来てからじゃないとな」


 話の内容からこの状況について予想は出来る。ハンターの仕事は吸血鬼を狩ることだ。それをオレの知っている人間はしないのだ。見つからないようにしたりオレを家に置いたり。絶対にハンターがやらないことをしている。
 それがバレたからこうなっているんだろう。待ち伏せをされたのは、コイツ等が確信を得るためってところか。だから初めに迷惑が掛かるからと出て行こうとしたのに。
 時間はどんどん流れていく。静かな流れはガタンと鳴った音で終止符を打たれた。


「一体何の用ですか」

「やっと来たか、小金」


 現れたのはやはり予想通りの人物だった。そういえば、もうコイツとは一ヶ月も一緒に過ごしているが名前を聞いたことはなかったと気付く。別に知らなくても不便はしなかったからな。意外と名前を知らずとも会話は成立してやっていけるらしい。


「お前、吸血鬼を匿っているだろ?」

「いきなり呼び出して何を言い出すんですか」

「コイツが証拠だ」


 ハンターの一人がそう言うとオレの存在に気付いたらしい。「なんで……」と零れた声にオレは何も返すことが出来ない。オレの警戒心が足りなかったからこうなったんだ。結果的にコイツに迷惑を掛けてしまったことに「すまない」と謝罪を述べる。
 周りのハンター達はその様子を見て「どうなんだ」と強く尋ねた。この場にオレがいては言い逃れをすることも出来ない。


「……だったら、何だって言うんだよ」

「オレ達は吸血鬼を狩ることが仕事だ。吸血鬼は脅威でしかない」


 つまり、化け物だとでも言いたいんだろ。人間がオレ達をどう見るかは分かりきっていることだ。吸血鬼は人の血を食としている。そんな存在は邪魔でしかないから、ハンターという職がある。
 だが、別にオレ達だって好きでそうしているわけではない。人間と同じだ。吸血鬼を狩る人間だって動物や生き物を食としている。その標的が自分達であるからと消滅させようという考えを持つのは人間くらいだ。


「それで、だから何なんですか。言いたいことははっきり言えば良いだろ」

「言葉の通りだよ。吸血鬼なんかを匿う必要がどこにある。いつ何をされるかも分からないんだぞ」

「アンタ等、自分達のことは棚に上げて良く言えますね」


 敬語を使う中で時々それが外れる。それはコイツの心境が言葉にも表れているからなのだろう。本当、自分達を中心に全てを考えるのはどうかしている。
 男はその言葉が気に障ったのか瞳を細めた。


「吸血鬼はオレ達の敵だろ。それを匿うなんてお前はどうかしている」

「オレが何をしようと、オレの自由だ」

「そんなことが許されると思っているのか。小金、お前にはそれ相応の処分を受けて貰う」

「いつでもアンタ等は勝手なことばかりだな。処分をしたければすれば良い」


 ゴーグルに隠れてその表情は分からない。だけど、コイツの言おうとしていることがオレの考えと似ていることは分かった。それが吸血鬼を見つからないようにする理由なのだろうか。
 一方で、周りのハンター達もいい加減に頭にきているようだ。腰に付けていた物を手に取るとそれを手渡す代わりに投げの動作で渡す。


「お前を処分するより前にハンターにはやるべき仕事がある。分かるよな?」


 吸血鬼を狩る。オレを殺せ、と遠回しに言っている。さっき渡した銃を使って打てと。
 けれど、コイツが行動に移す気がないことに気がつくと奴等も考えたらしい。オレの近くにいたハンターがコイツの傍までオレを連れて行った。「早くしろ」と言っている。
 今、コイツは何を考えているのだろうか。たった一ヶ月でも少しは相手のことが分かるようになった。アイツに似ているからかもしれないが。


「打たなければハンターではないだろ?」

「オレがお前を打てると思ってるのかよ」

「それが、お前の仕事だ」


 死にたくはない。だがこのままでもどうしようもない。せめて、少しでも迷惑を掛けないように。ここでお前が躊躇う必要はない。躊躇するほど、他のハンター達が何をするか分からない。


「ハンターなんて、やりたくてやってるんじゃねぇよ。何かと都合が良かっただけだ」


 好んでやっているようには思わなかったがやはりそうだったらしい。ハンターを名乗るには似合わない行動が多すぎる。ここにいるハンター達はきちんとその役割を果たしていることだろう。それとは逆の行動ばかりのコイツを訳もなくハンターをやっているとは元から思っていない。
 しかし、オレとお前は吸血鬼と人間だ。それがこの世界でどういう関係にあるかは分かりきっている。


「他の奴等が言っているように、敵であるのは事実だ」

「言っただろ。オレはお前の敵じゃねぇって」


 それは初めて会った日の夜中のこと。敵じゃないから信じて欲しい、と確かにコイツは言った。その言葉を疑ってはいない。だからオレは信じた。
 けれど、最終的に一緒にはいられない存在なんだ。お前の優しさは自分自身を傷つけるだけ。信じている、あの言葉を。それでも。


「分かっている。だが、お前はハンターなんだ」


 種族が違うのだから仕方がない。他の奴ではなくお前なら諦められる。アイツを見つけることは出来なかったがしょうがない。
 それでも、コイツはオレに銃を向ける気はないらしい。下を向いた銃口は床だけに向けられている。呆れた状況に痺れを切らしたらしいハンターが動いた。音で分かった動作に咄嗟に振り向くが遅い。

 バン。
 響いた音。引き金が引かれた。目の前に広がった光景は。


「お前……!?」


 驚きに声を上げたのは、ハンター達だった。他の奴等も目を見開いてこの光景を見ている。
 音と同時に来ると思われた痛みは、オレとハンターの間に入ったコイツのお陰で何もなかった。そして、オレはハンターの次の言葉に驚いた。


「吸血鬼!?」


 銃を構えた奴とは別の奴がそう言った。最初、言葉の意味が理解出来なかった。コイツは人間のはずだ。吸血鬼だったらとっくに気付いているはずだ。
 ハンターが打った銃弾で顔を覆っていたゴーグルは外れていた。そっと振り返ったコイツは、小さな声で告げた。


「シルバー、ごめん。ずっと黙ってて」


 この世界に来て、初めて名前を呼ばれた。金に光るその瞳を、オレはずっと探し続けていた。


「ゴールド……なのか…………?」


 そして、ずっと呼ぶことのなかった名前を口にする。微笑んだのは肯定の証だった。


 今まで探し続けてきたアイツ。どこにいるのかさえも分からなかった。それでも見つけると決めて探していた。
 漸く見つけた。
 金色の瞳は、昔と変わらないままの輝きを放っていた。