あの日、アイツを見掛けた時。どうしてこんなところにいるんだっていう疑問を抱いた。それと、もう会うことはないだろうと思っていたところで見掛けて、どうすれば良いのか分からなかった。そのせいで他のハンターに見つかってしまった。それを助けて、そこからまたオレの時間が動き出した。
 引き止める権利はなかった。それでも一緒にいたかった。この世界で生きていくのは大変だということは知っていた。自分のことを明かせなかったけれど信じて欲しかった。また危険な目には合わせたくなかったんだ。そして、シルバーは信じてくれた。
 それから一緒に生活をしてきて一ヶ月。また巻き込んでしまった。けれど、あの言葉は嘘ではない。だから、絶対に守る。




 





 一緒に生活をしながらもバレることはないと思っていた。実際、漆黒の瞳は違和感なく世間に溶け込めていた。金色の独特な彩色さえなければ誰にも疑われることはなかった。オレは隠そうとしていた訳じゃないけど、それが出来なかったのは瞳の色。言える訳がなかった。
 未だに周りのハンター達はオレを見て驚いている。ただ一人だけ。他の奴とは違い、不適に笑みを浮かべながら数歩前へと出た。


「そうか、お前はあの時の」


 その言葉の意味はすぐに理解することが出来た。この男がオレを知っているように、オレもこの男を知っていたから。


「覚えてんのかよ。こっちは良い迷惑だったのに」

「その瞳、忘れるわけがない。生きているとは思っていたが、まさかこんなところで再会するとはな」


 オレだってまさかこんなところで会うとは思っていなかった。どうしてこんなタイミングで再会を果たさなくちゃいけないんだよ。オレが嫌いな奴であり、シルバーとは別の意味で会いたいと思っていた奴。


「どこに逃げたのかと思っていたが、ハンターになっていたのか」

「そりゃあその方がオレ達のことで動きやすいし、アンタを探しやすかったからな」


 ハンターなんてなりたい訳じゃなかった。それでもハンターになったのは、色んな意味で動きやすかったから。オレ達、吸血鬼をハンターは狩ろうとしている。それをさせないようにするには、自分が直接行ったり内部で情報収集するのが一番だった。ある意味、スパイみたいなものだ。
 それからオレには探している奴がいた。オレがこの世界でやっていかなければならなくなった原因。それを作った奴を見つけるにはハンターになることが近道だった。


「それでも、なかなか会うことはなかったけどよ」

「だから敵陣に乗り込んだのか。あの後どうなったかと思っていたが、アレは成功していたのか。否、失敗というべきかな」

「さぁな? 少なくとも、オレにとっては迷惑でしかなかったぜ」


 こんな体。
 あれは一年半くらい前のことだ。オレがオレでなくなったのは。正確には吸血鬼ではなく人間になったのは。それも実は正しくないけれど基本的にオレは人間になったんだ。
 偶然ハンターに見つかって、いつも通りに撒けば良いと思っていた。その中にコイツもいたんだ。コイツが何かをしていることには気付いたけど、他の向かってくる奴等を先にどうにかすれば良いと考えた。けれどそれが間違いだった。


「あんな術を使ってくる奴がいるとは思わなかったからな」


 その何かがオレには分からなかった。だからとりあえずは様子見という形を取ることにした。術を使う奴なんて初めてだったし、後から調べてみればコイツにしか扱えない代物だったらしい。


「術……?」

「あぁ、それがまた厄介なもんでな。そのせいでオレはお前に会えなかった」


 この術さえなければオレがハンターになることもなかった。シルバーに会っても己を隠し続ける必要はなかった。隠しているというより証拠がないから言えなかったんだけどさ。オレの目の色は珍しいものらしいから。実際、オレだって自分以外にこの色の瞳を見たことはない。


「どんな術なんだ?」

「知りたいなら直接やってやろうか」

「冗談じゃねぇよ!」


 シルバーの疑問は尤もで、だけどオレと同じ目に合うなんて絶対にダメだ。このハンターはこの状況をただ面白がっているだけ。人の苦労も知らないで。というか、知る気はないんだろうな。吸血鬼なんかのことはどうでも良いだろうし、だから狩るべき対象としているんだから。
 ここで相手に流れを持っていかれてはいけない。オレの正体がバレてしまったからにはこの場は今ここでどうにかしなければならない。


「ならば、今度こそ成功させてやる」


 その言葉と同時になにやら言葉を紡ぎ始めた。それが何なのかは嫌というほど知っている。
 オレはシルバーの手を引いて駆け出した。この建物の造りなんて知らないから適当にドアを蹴破って離れた場所に身を潜める。


「おい、ゴールド」

「あ? 何だよ」


 隠れていようが見つかったら終わりだ。けど、このままでは防戦一方になることも分かってる。だからどうにかしなくちゃいけない。二回も同じ相手に負けるわけにはいかないからな。


「さっきのハンターがやろうとしたのがその術って奴か?」

「そうだ。あれは二度と御免だからな」


 もう一度あの術を受けたいなんて死んだって思わない。むしろ、あんなものを受けるくらいなら死んだほうがマシだ。それに、シルバーにだってこんなことにはなって欲しくない。
 こうしている間にもあの男は術を完成させていく。術が完成してもそれをくらわなければ問題はない。そのタイミングが難しいんだが一回は見ているんだ。その時のことを思い出せばどうにかなるはず。


「シルバー、お前はここにいてくれ」


 お前を連れて行くわけには行かない。危険な目に合わせたくないという思いが一つ。それと、これはオレの問題だから。あの男とはこれで終わりにしたい。ちゃんと、自分自身で終わりにしたいという思いがある。
 けれど、銀色はオレを見て外れない。言いたいことは大体分かった。でも。


「一人で大丈夫なのか?」

「なんとかなると思う。前に一度会ったことある奴だしさ」

「だが、負けたんだろ」


 そう言われると言葉に詰まる。負けたっていうか、アレは初めてで何をしようとしていたのかも分からなかっただけで別に負けたわけじゃない。どちらかが勝つか負けるかの試合でもないし。……なんて言っても、この男の術を受けながらもなんとかその場から離れたんだけどさ。
 でもそれはそれ、これはこれ。オレがそう何度も負けるわけがない。勝負ごとではないがこれも命が掛かっている戦いだ。勝つ気でいなければこの場で相手の様子を伺ったりはしない。とっくにここから出て行くところだ。


「大丈夫だって。少しはオレを信用しろよ」


 オレはそこまで一人では無理だと思われているのか。それはそれで悲しいよな。心配しているだけのような気もするけどそれは本人に聞いてみないと分からない。だからといってそんなことを聞いてられるような状況でもない。
 さて、そろそろ向こうも術の詠唱を終わらせてしまう頃だろう。受けなければ問題ないんだ。それを受けたとしても、今のオレには大した効果は望めないだろう。でも、それはオレの心持ちの問題でまた受けたりなどしたくない。


「ちゃんと終わらせて、絶対戻ってくるから」


 それだけを言い残して飛び出す。さっき進んだ道を戻るだけっていうのは簡単なことで男のいる部屋まではあっという間だ。
 迂闊には近づけない。だからといってコソコソと動き回るのも好きじゃない。こんな時にそんなことは言ってられないかもしれないけど、同じ部屋まで戻ってきてしまえばどこにいても大して変わりはない。


「自分から出てくるとはな」

「終わるのを待ってから出てきてやったんだから感謝しろよ」


 ヤバイ状況だっていうのに普通に会話を繰り広げる。前に会った時には一言も話すことはなかった。オレの元からの性格なのか、慣れてしまっただけなのか。それこそ、そんなことを考えている余裕なんて実際はないのだけれど。


「なら、完成したコレを受けてみろ!」


 言葉と同時に術を発動させる。集まる光に間合いを取ってなんとか避ける。以前に戦った時も思ったけど避け辛い術だ。更には面倒な効果を持っているなんて最悪じゃねーか。
 この男との戦いはこれで最後にするつもりだ。もうオレは会いたくないし、オレ達には迷惑な奴だから。他のハンターとは違う、この術が持つ威力は生半可なものではない。身をもって体験しているからこそ分かる。だから、もう終わりにしなくちゃいけない。


「これで、最後だ……!」


 後ろに回りこんで拳を握る。人を殺めたこと? んなことあるわけねぇだろ。こっちの世界でハンターに遭遇してもどうにか撒きながらやり過ごしてきた。ハンターになってからは吸血鬼を狩ろうとはしなかった。まず、そんなことを好んでやろうとなんて思わないだろ。
 最後にする。そう思ったらやはり拳を向けることになる。誰だって出来るなら避けたいことだ。吸血鬼が生きるために人間の血を必要とすることだけは避けようがなかったけれど、自ら進んで殺めるなんて出来ない。


「そんな術さえ使わなけりゃ…………」


 これといった関わりもなく過ごしていったんだろう。ただのハンターと吸血鬼として。その程度の関係でしかなかったと思う。こんな考え、甘いってことぐらい分かっている。元々生きている世界が違うんだ。だから決心しなくちゃいけない。
 オレが生きていくために。オレ達が生きていくためにも。


「お前は甘いな。それが命取りになるんだ」

「ウルセーよ! そっちこそ自分の命の心配でもしたらどうだ」

「術は一発だけとは言っていない」


 その言葉にまさかと思った。あんな術、早々に発動出来るものではないだろ。だけど、この男はニヤリとした表情を見せた。
 また術を発動させる気なんだ。そう理解するまでに少しの時間を要してしまった。それがこの状況下ではどういうことになるかなど安易に想像出来ることで。


「今度こそ、くらいな!」


 今からじゃ間に合わない。こういう時だけ頭っていうのはすぐに動くものらしい。もう少し前にこれくらい頭が働いてくれれば間に合ったのかもしれないのに。今となってはもう遅いことか。
 この男が失敗をするとは思えない。あの時だってオレが強引に途中であの場から逃げたからこうなったんだ。今のオレがこの術を受ければ、その結果は大体予想できる。

 終わらせるって約束したのに、オレは本当に終わりに出来るのか。もし終わらせることが出来たとしても、それは約束した終わり方ではないだろう。
 それでも、絶対守る。それだけは譲れない。だから、どうやってでも終わりにする。



 だけど、やっぱりオレは約束を守ることは出来ないんだと思う。
 また約束を守れなくて、ごめんな。